軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

43.悪役令嬢は噛みしめる

王城の大広間での婚約式が終わると、お披露目のためのパレードが待っていた。

王都の、それも中心街でのみの開催だったが、婚約式と同じくらい笑みを絶やすことは許されず、体感時間は遅々として進まなかった。

(以前はなかったわよね)

逆行前は。

記憶に残っているパレードは、子どもの誕生を祝うものだけだ。

何もかもが異なってきている。

通りには紙吹雪と一緒に花ビラも舞っていた。

色とりどりに煌めく欠片を眺めながら、自分の選択の結果を実感する。

まだ終わりではない。

けれど節目なのは確かだった。

それを愛する人と迎えられる喜び。

(幸せだわ)

気持ちは誰かに決め付けられるものではない。

型にはめられるものでもない。

感じたままが答えだ。

村でのことを振り返りながら、クラウディアは向けられる人々からの祝言に心からの笑顔を送った。

パレードが終わった頃には日が暮れていた。

朝早くから動いているというのに、シルヴェスターが予見していた通り二人揃って休む暇がない。

疲れを癒やせないまま着替え、化粧を直すと、今度は国王夫妻とのディナーが待っている。

言葉を交わしたことは何度もある。

王妃とはお茶会に呼ばれる仲だ。

それでも。

(緊張するものはするわよ!)

あてのない文句を胸の中で叫ぶ。クラウディアは公爵令嬢である。

リンジー公爵家は、王家の次に位が高いと言っても過言ではない。

過去には降嫁した王女もいる。

しかしどれだけ言葉を並べても、別物なのだ。

王族と貴族は。

尊き人。

国の父であり、母である人。

いつかは自分も名を連ねるとしても、まだ今は違う。

苦手であるのか訊かれても答えられない。

そういう意識を持つことすら不敬に感じられた。

「大丈夫か?」

「わかりません」

即答すると、シルヴェスターが笑みを漏らす。

「心配せずとも、我が父であれどディアを傷つけさせぬ」

「それはそれで安心できないのですけれど?」

目の前で親子喧嘩が勃発するのは勘弁願いたい。

何事もなく平穏にクラウディアは過ごしたかった。

「国王陛下並びに王妃殿下に挨拶申し上げます」

シルヴェスターと共に挨拶し、席へ着くと、国王の黄金の瞳が緩やかな弧を描く。

「プライベートな場だ、気を楽にしてくれると嬉しい」

「お心遣い、ありがとうございます」

国王が家族との朝食の席に必ず顔を出すことは聞いていた。

このディナーも家族の繋がりを大事にする意味合いが強い。

かといって甘えられるほどクラウディアの神経は太くないし、礼儀も弁えていた。

(お二人にシルの面影が見えるのが心の救いね)

容姿だけでなく仕草や言葉遣い、発音のクセなどが似ていると微笑ましい気分になる。

国王ハルバートは、どうしても厳格さが先行するものの、だからこそ揺るがない信頼があった。

歴代の国王の中でも、国民が思い描く理想そのものだ。

クラウディアの母親が頑なに厳しかったのも、国王を貴族の理想像として見ていたからかもしれない。

並ぶ王妃アレステアは、クラウディアにとってかっこいい大人の女性代表だった。

長い金髪をまとめていることが多く、颯爽としていて行動力がある。

婚約者の内定に際しては、学園までクラウディアの様子を見に来たくらいだ。

正道、という言葉が似合う夫婦だった。

シルヴェスターの性格がどこから来たのか不思議なくらいである。

「この子の我の強さには困ったものね。今日一日大変だったでしょう?」

「むしろ助けていただいていることのほうが多いです。あっという間の一日で、お恥ずかしながら、まだ夢を見ているようですわ」

「とても綺麗だったわ。結婚式ではまた趣が変わるでしょうから、今から楽しみで仕方がないくらい」

頬に手をあてて目を輝かせる王妃を見て、朝、涙ぐみながら送り出してくれた侍女長マーサの姿が脳裏に浮かぶ。

母親に良い思い出があるわけではないけれど、いない寂しさは拭えなかった。

だからだろうか、王妃の言葉があいた穴をすっと埋めてくれる。

(認めてくださっているのだわ)

クラウディアが義理の娘になることを。

社交辞令だというスレた考え方には蓋をして、額面通りに受け取る。

無理に心労をつくる必要はない。

国王がシルヴェスターへ目を向ける。

「クラウディアが横にいるからといって慢心せぬように」

「承知しております」

言われるまでもない、とシルヴェスターはグラスを傾ける。

その角度や手の位置が国王と重なり、親子だなぁ、と当たり前のことを思った。

教育によるものであっても、寸分違わず同じように感じるのは他人ではありえない。

「お互い切磋琢磨していけるのは良いことだ。だからこそ均衡を慮りなさい」

均衡、という言葉はクラウディアにも向けられている気がした。

一般的な令嬢に比べ、クラウディアが目立っているのは否めない。

美貌だけならまだしも、権力となれば話は別だった。

シルヴェスターが器用に片眉を上げる。

「お小言のために呼んだのですか?」

「まさか、祝福するために決まっておろうが。お前たち二人なら、今後も力を合わせて問題に取り組めると信じている」

シルヴェスターと同じ角度でグラスを傾けながら、国王が笑む。

父親としての表情をはじめて見たクラウディアは目を瞬いた。

慈愛に満ちた目差しはどこかくすぐったくて、春の陽気のように温かい。

この期に及んで、自分よりシルヴェスターのほうが真っ当に愛を注がれていることに思い至る。

それが今やクラウディアへも向けられている現実に心が揺さぶられた。

国王も王妃も、心から祝福してくれている。

両親というものの存在を、クラウディアはようやく理解できた気がした。

◆◆◆◆◆◆

食事の味は覚えていないが、今日のことは墓場まで忘れないだろう。

すっかり夜も更けてしまったので、クラウディアは王城に泊まることとなった。

婚約者専用の客室が用意されており、ぜひにと王妃に勧められたのもある。

客室はリビングと寝室の二部屋に分かれていた。

真新しい調度品の中には、シルヴェスター仕様と呼ばれる棚もあった。

中の壁面に鏡を配置し、ガラスの戸を開けなくても展示物がつぶさに鑑賞できるそれはシルヴェスターが考案し、小物愛好家から絶大な支持を受けていた。

好きなものを並べて、お気に入りの空間をつくってほしいということだ。

慣れない場所であることへの気遣いが嬉しかった。

入浴を済ませて寝室へ足を踏み入れる。

ベッドを見た瞬間、クラウディアは動きを止めた。

そこにシルクの寝衣姿で寝転ぶ人物がいたからだ。

「お部屋を間違えたかしら?」

「合っているぞ」

「わたくしたち、まだ初夜を迎える関係ではありませんわよ?」

今日のは婚約式で、結婚式ではない。

クラウディアの籍は、まだリンジー公爵家にあった。

「すまぬが、正論は聞けない」

近付くなり、体を起こしたシルヴェスターに腰を抱かれた。

ベッドへ上げられ、力いっぱい抱き締められる。

クラウディアの胸で、シルヴェスターは震えていた。

「シル?」

呼びかけると、何かに耐えるように長く息を吐き出す。

そして、とつとつとシルヴェスターは語りはじめた。

「ディアが連れ去られたと聞いて、発狂しそうだった。腹の底で眠っていた獣が目を覚まし、臓腑を、皮膚を食い破って暴れ回りそうだった」

牙が肉をちぎり、骨をかみ砕く幻聴を聞いたという。

腹から鮮血が迸り、目の前を真っ赤に染める様子がありありと浮かんだとも。

クラウディアから語るシルヴェスターの表情は窺えない。

けれど少しでもシルヴェスターの抱えるものが軽くなるようにと銀髪を指で梳く。

(ずっと溜め込んでらしたのね)

理性的に見えたのは表面上だけで、心の中ではずっと獣と闘っていたのだ。

負けたときの光景を突き付けられながら。

「獣に首輪を着けられたのは、君を助けることが何よりも重要だったからだ」

自分のことなど二の次にできた、とシルヴェスターは続ける。

「だが今になってまた獣が牙を剥き、恐怖が襲いかかってくる。君を失うかもしれないと……っ、ここにいるはずの君を捉えられなくなる」

泣きそうな声に胸を締め付けられた。

今もシルヴェスターは闘い続けているのだ。

自分の内なる獣と。

「わたくしは間違いなくここにおります。どこにも行ったりしませんわ」

シルヴェスターの頭にキスを送る。

この接触が、彼を現実に引き留めてくれることを祈って。

「ディア、私は自分を許せそうにない。間に合ったのは運が良かっただけだ。それでも君の腕に痣を残してしまった」

馬から引きずり下ろされたときの痣がまだあった。

一週間もすれば消えるものだが、シルヴェスターには悔恨となって刻み込まれていた。

「叶うなら、全ての村を焼き払いたい」

ナイジェル枢機卿に関する全てを消し去りたい。

でも、きっと。

「全てを成し遂げても、きっと私は満足できぬ」

次なる脅威がある限り。

際限なく、繰り返してしまう。

「現実的ではありませんわね」

「ああ、頭がおかしくなりそうだ」

「狂ってしまわれますか?」

「狂ったら、楽だろうか?」

「今よりももっとお辛いと思います」

「ふ、そうだな。狂ったら、こうしてディアの温もりも感じられなくなるだろう」

シルヴェスターの頬を両手で包む。

クラウディアを見上げるシルヴェスターの表情は、狂人というより迷子になった子どものようだった。

「大丈夫、わたくしたちなら乗り越えられるわ」

力を合わせて問題に取り組めると国王陛下からもお墨付きをもらったのだから。

「大丈夫よ、シル。自分を信じられないのなら、わたくしを信じて」

わたくしはあなたを信じるから。

黄金の瞳を宿す目元に口付ける。

次は頬に。

鼻頭に。

唇に。

一つ一つ気持ちを込めながら。

震える銀色の睫毛を観察する。

「……君がいないと生きていけない」

「あら奇遇ね、わたくしもよ」

軽口を返すと、シルヴェスターの体から力が抜けるのがわかった。

「愛している、ディア」

「愛しているわ、シル」

言葉は口付けに変わっていった。

シルヴェスターがクラウディアの頭を撫で、耳の縁をなぞる。

淡い快感に、ん、と声が漏れた。

それでも啄むようなキスは止まない。

ようやく唇が離れたときには、互いに息が上がっていた。

「疲れているだろうに、わがままを言ったな」

「本当よ、もうくたくただわ。でも頼ってもらえて嬉しいの」

心の拠り所にしてもらえているのが実感できて。

シルヴェスターにとっても自分が特別な存在であるのが誇らしかった。

「これからも一人で抱え込まないって約束してくださる?」

「ディアが望んでくれるなら」

「約束ですわ。反故にしたら許しませんわよ」

改めてシルヴェスターの頭を胸に抱く。

シルヴェスターは一切抵抗しなかった。

従順な姿が可愛く感じられ、こういうのも悪くないと思ってしまう。

傍にある温もりが心地良くて、クラウディアは自然と意識を手放した。