作品タイトル不明
40.悪役令嬢は緊張する
神に誓いを立てる結婚式とは違い、婚約式は人々から承認を得るものであるため、式の進行に教会は関係しない。
場所も大聖堂ではなく、王城の大広間が使われた。
朝早くから、その大広間近くの控え室にクラウディアの姿はあった。
本来は王族のみが使用できる部屋のため、入るのははじめてだ。
支度が終わり、鏡の前に立つ。
クラウディアは青みがかった白を基調としたドレスに身を包んでいた。
縁取りには金糸が、それと交差するように配置された裾の長いフリルには甘さの残る淡いピンクが使われている。
それぞれ婚約者候補だったルイーゼとシャーロットを表したもので、今後二人は婚約者となったクラウディアを支える立場であることを表していた。
全体的に落ち着いた色味で派手さはなく、襟のあるデザインがカチッとした印象を与える。
それに合わせて、普段は緩く背中に広がる黒髪も結われていた。
神に誓わないといっても式は式。
浮ついた雰囲気が出ないよう、スタイリングには細心の注意が払われている。
が、そんなクラウディアを後ろからふわりと抱く人物がいた。
ドレスがシワにならないか、侍女は気が気じゃない様子だ。
シルヴェスターも理解していて、回された腕の力は優しいものだった。
かくいう彼も、仕上がりを崩せないのは一緒である。
当人はそれより優先するものがあるらしく意に介していなさそうだけれど。
前髪を上げているからか、凜々しさが増していた。
見慣れた正装姿であるものの、ジャケットには繊細な意匠を凝らした装飾が加えられており、木の葉が当たっただけでも傷が付いてしまいそうだ。
襟と袖にはクラウディアをイメージした黒と青のラインが入れられ、シルヴェスターの思いを告げている。
だからか意識してしまうと気恥ずかしかった。
「大広間でのお披露目が済んだあとは、続けて王都でパレードに参加する。下町から王城まで大通りを進む予定だが、長時間、衆目に晒される。そして城へ帰れば国王夫妻との会食だ。休む暇はないと言っていい」
「だから今のうちに活力を充填されているのですか?」
「本当なら力いっぱい抱きしめたいところだが、侍女たちの目が鬼気迫っているからな。触れる程度で許してくれ」
「シルが少し動くたび、重ねたシャンパングラスを落としそうな顔になっていますわよ」
緊張感溢れる侍女たちには申し訳ないが、鏡に映る百面相に、ふふっと笑いが漏れた。
それでも強張った肩から力は抜けない。
首筋に顔を寄せるシルヴェスターも気付いているだろう。
(怖いわけではない……はずだけど)
侍女をはじめとした周囲の人たちの空気が伝播しているのか、神経が張り詰めていた。
人前に出ることには慣れているはずなのに。
内々ではずっと婚約者の立場でもあった。
今更、何に怖じ気づくというのか。
耳の縁にシルヴェスターの唇が触れる。
それだけでピクンと体が過剰に反応を示した。
「シル?」
「イタズラをする意図はない」
「耳に口を付けたまま喋らないでくださいまし」
「感じるか?」
「ばか……っ」
鏡の中で細められた黄金の瞳を睨み付ける。
このまま肘打ちをしたい衝動に駆られたものの、体は動かなかった。
逆に手を持ち上げられ、甲にキスを落とされる。
「あまり煽らないでくれ。我慢するのが辛い」
「煽っておりません、怒っているのです」
「青空のような瞳を潤ませてか?」
確かめるように後ろから覗き込まれる。
互いに見つめ合っていたのは、どれほどの時間だっただろう。
一瞬だった気もする。
きらきらと瞬く大きな星に魅了された。
唇が寂しさを覚えるけれど、クラウディアもシルヴェスターもこれ以上は近付けない。
化粧を崩そうものなら、周囲から悲鳴が上がることは必至。
堪らず、体内に溜まった熱をほう、と吐き出した。
シルヴェスターも何かに耐えるよう僅かに顔を逸らす。
クラウディアの頭に頬を預けたかったのだろうが髪飾りが邪魔をした。
結局、中途半端な位置で顔を浮かせることになった。
雰囲気を変えるためか、あからさまにシルヴェスターが別の話題を取り上げる。
「そうだ、準備に追われて、あれから村の経過を話せていなかった」
「進展がありましたの?」
ニナが影武者として代わりを務めてくれていたものの、屋敷に戻ってからはドレスの最終調整など、クラウディア自身で確認しなければならないことが溜まっていた。
シルヴェスターも事後処理に追われて忙しい日々を送り、改めて時間をつくる余裕がなかった。
彼の表情に疲れが見えないのは化粧のおかげである。
「国としては、危険物――薬の流通に介入できるようになった」
村にあった実験室を押さえられたおかげで、国の特別機関でなくとも危険な薬が作れることが周知された。
今後、国の指定薬物は許可を得たところでしか製造が許されなくなり、薬や原材料となる薬草の流通に検閲がかかる。
薬の流通に利権を持つデミトル伯爵にとっては大きな打撃だ。
全てが脅かされるわけではないが、ものによっては王家の介入を受けるのだから。
「実験室に残された資料からは、村の大体の成り立ちが判明した。はじまりは鎮痛薬の製造だった」
鎮痛薬は市井でも色んなものが出回っている。
知識があれば特別な技術や器具がなくても作れるものだった。
湧き水のおかげか、薬草の扱いが良かったのか、当時から効能は良かった。
「それがナイジェル枢機卿の目にとまった。村では先生と呼ばれていた。このことから教会とは切り離し、個人で関わっていたと推測される」
先生がナイジェル枢機卿であるのも仮説だが、状況証拠からほぼ確定で間違いない。
助言から支配に至り、村の有様は変わっていった。
人体実験を繰り返し、薬の製造は媚薬や洗脳薬へと発展していく。
「村に閉鎖的な教えを根付かせたのは、他からの介入を避けるためだ。彼が国内にいる間は上手くいっていた」
しかし国外追放され、村に手が行き届かなくなった結果、デミトル伯爵をはじめ王家に尻尾を掴まれることとなった。
「薬の副作用で村人たちの思考能力には疑問が残る。危惧はしていたようで、相談役を用意していた」
これは村人からの証言で判明したことだ。
証言を得るのは難しいと思われたが、相談役の存在が秘匿されることはなかった。
そこからナイジェル枢機卿へは繋がらないからだろう。
「村の外でわたくしを襲った男ですわね」
「そうだ。本当にディアか確認するため、村へ向かっていたと思われる。村が点在していることから、相談役も一人ではない可能性が高い。他の相談役については引き続き捜査中だ」
キールからの情報提供で、点在している他の村の所在もわかった。
危険物を取り扱っていることから、該当地域の領主へは王家から命令が下せる。
「相談役のことは話した村人も、薬の製造方法については口を噤んだ。だが見通しは立ちそうだ」
「それは朗報ですわね」
鎮痛薬の効き目は身をもって知っている。
ぜひとも広く流通させたい。
「調合室や実験室にあった痕跡から、薬師がおおよそを把握した。他の村も調べが進めば、手がかりが掴める。なくとも成果が出るまで長くはかからぬはずだ」
新薬の開発を名目に研究が進められるという。
研究施設が置かれるのは、今まで薬の製造をおこなっていた村だ。
同じ条件下のほうが、結果を再現しやすいためである。
施設が置かれる村には国から助成金が下り、環境が整えられる。
保護されている子どもたちも、そのまま村で新しい生活がはじまるとのこと。
「村を出たいという子はいなかったよ」