作品タイトル不明
13.悪役令嬢は逃走する
幌馬車の御者台へ向かうと、御者は馬に飼料を与えていた。
当然ながら突如現れたクラウディアたちに驚く。
「は!? え? 荷台に乗ってた?」
「すみません、走り出すとは思わず、かくれんぼに使ってしまって」
自分とヘレンはリンジー公爵家の使用人で、キールは世話を任された子どもだと伝える。
身分を明かそうかとも考えたけれど、御者の人となりがわからない以上、念のために隠した。
打ち明けるのはいつでもできるし、不用意に騒ぎを大きくしたくない。
(今頃、屋敷は大騒ぎでしょうけど)
これについてはクラウディアも反省するばかりだ。
忙しい時に、余計な手間を増やしてしまった。
「ご迷惑は承知の上で、来た道を戻っていただけませんか? 手間賃はご用意させていただきます」
「なるほど……」
御者は二十代ぐらいの青年だった。
ベージュのシャツに茶色のオーバーオールと、装いを茶色でまとめている。
正面からじっと眺められて居心地が悪い。
土で汚れた荷台に乗っていたのもあって、現在のクラウディアは薄汚れている。
疲れも出ているので、とても公爵令嬢には見えないはずだった。
「わかった。引き返すから、荷台に戻ってくれ」
「え、今からですか?」
「そうだ、早いほうがあんたらも良いだろ?」
言うなり、御者は馬に与えていた飼料を戻しはじめる。
どう表現すべきかわからない違和感を覚えていると、キールに袖を引かれた。
「ディーさん、逃げたほうがいいと思う」
「それって……わかったわ」
キールもおかしいと感じたようだ。
話し合っている時間はない。
ヘレンも状況を察し、三人で荷台へ戻るフリをする。
そして幌馬車の陰へ入り、御者の視界から外れたのを確認して、スカートの裾をたくしあげた。
坂を走って、眼下の町を目指す。
三対一と数字の上では勝っていても、男の力量はわからない。
美しい体をつくるため鍛えてはいる。クラウディアもヘレンも疲れてはいるが、一般的な令嬢より体力に自信はあった。
だとしても荒事とは無縁なのだ。
身に付けている護身術も相手を怯ませている隙に逃げるもので、制圧するものではない。
「あっ!? 待てっ、お前ら!」
逃げていく三人に気付いた御者が血相を変えて叫ぶ声が聞こえる。
一度も振り返ることなく、町に向かって一心不乱に三人は走った。
「人目があるところを目指そう! そしたら下手に手は出せないよ!」
キールの言葉に同意し、活気が感じられる町中を目指す。
御者も幌馬車を放置できないから、すぐには追って来られない。
(下り坂で良かったわ)
足が絡まないよう注意しながら、無事に三人で町へ入ることができた。
まだ空に明るさが残る中、街灯が点きはじめているのが目に映る。
先ほどまでいた馬の水飲み場は静かだったけれど、町中には賑わいがあった。
人通りも少なくない。
御者が追いかけて来ないのを確かめながら息を整え、通りを観察する。
「宿屋がやけに多いわね」
通りに面した建物のほとんどが宿屋の看板を掲げていた。
あまり見ない光景だ。
「行商人や旅人向けに特化した町なのかもね。町外れに馬用の水飲み場もあったし」
「だから休みに来る人で賑わっているのね」
時間的に人も食事時だ。
キールが黄色い髪を揺らして、走ってきた道を振り返る。
「多分、あの御者は追っ手の一味だよ」
「どうしてそう思ったの?」
「服装が似通っていたんだ。全体的に茶色かったでしょ? ぼくもだけど、あいつはシャツまでベージュだった」
言われてハッとする。
貴族街で見かけた帽子を被った男も茶色い装いだった。
「ぼくが調べているところの関係者がそうなんだ。不用心だった。荷台の柵が下りていたのは、すぐにぼくを運び入れるためだったんだ」
続けてキールは御者が幌馬車を走らせた理由を推測する。
「ディーの護衛騎士に声をかけられたのを、見咎められたと勘違いして焦って逃げたんだ」
「仲間を置き去りにして?」
「うん、人攫いするぐらいだから、予め何かあったときの対応は決めてると思う。仲間とはどこかで落ち合うんじゃないかな」
「それがこの町なのかしら」
「多分ね。馬を休ませるために寄ったのは確実だよ。なのに、おかしいよね?」
キールの問いかけに、クラウディアとヘレンは首を縦に振って答えた。
「御者はすぐに引き返そうとしたわ」
「ずっと馬を走らせていたんだ、馬にも休憩がいることくらい御者をしてたらわかるよ」
さらに言うなら夜道を走るのは困難を極める。
町の外には街灯がないからだ。
王都を中心に道が整備されているといっても、夜道は真っ暗だった。
夜行性の動物が飛び出してきたら避けようもない。
果たして御者はクラウディアたちを荷台に戻して、どうしようとしていたのか。
「町へ入らなかった理由も気になる。特にここは休憩場所として評判が良いみたいだし」
人通りはしばらくなくならなそうだった。
通りから見える建物のほとんどが宿屋ならば町で休むのが妥当だ。
「なのに御者は町外れに幌馬車を停めた。お金に余裕がないのか、後ろめたいことがあるのかどっちかだよ。それに」
一呼吸置いて、キールがベレー帽ごと頭を抱える。
「あぁ、ぼくはなんて運が悪いんだ!」
幌馬車が走り出したときにも聞いた台詞だ。
キールは目を伏せて、ごめんなさいと謝る。
「ぼく不運体質なんだ。日常的に間の悪いことが多くて……今回はディーさんとヘレンさんを巻き込んじゃった……」
追っ手から隠れるために乗り込んだ幌馬車が追っ手のものだったなんて、確かに運が悪過ぎる。
だからといってキールを責めようとは思わない。
「幌馬車に乗り込んだのはわたくしの判断よ。あなたが気に病むことではないわ」
クラウディアは、キールの提案を断ることもできた。
「最善策を言うなら、わたくしが身分を明かし、その場で保護すれば良かったのよ」
「ディーさんも目立ちたくなかったから侍女の格好をしてるんでしょ? なのに、ぼくを助けてくれて……最善策は結果論にすぎないよ」
「ふふ、励ますつもりが逆に励まされてしまったわね」
「だってディーさんは何も悪くないもん。正直に打ち明けると、ぼくには打算があったんだ」
「打算?」
「公爵令嬢と知り合いになれるかもしれないって」
幌馬車に隠れる前から、キールはクラウディアの正体を見抜いていた。
その上で一緒に隠れようと手を引いたのは、少しでも長く関係を持ちたかったからだという。
「ドキドキする時間を一緒に過ごせば距離が縮まるって言うでしょ? チャンスだと思ったんだ。運が悪いクセに!」
浅はかだったという告白を聞きながら、クラウディアはそっとキールの手を握る。
成長しきっていない手は、女性であるクラウディアと比べても小さい。
にもかかわらず、手入れされていない手は皮が厚く、ごわつきを感じる。
そこからキールの苦労と頑張りが読み取れた。
「キールが自分を責める必要はないわ。でも不運体質だというのなら、手を繋いでおきましょう? こうしておいたら、一人だけ捕まったりしないはずよ」
ヘレンも良い考えだと手を繋ぐ。
「これなら転ぶ心配もないものね」
「ぼく、そこまで子どもじゃないけど……でも、ありがとう」
幼子扱いをするヘレンにキールは頬を膨らませたものの、手が解かれることはなかった。
耳が赤くなっているのを見て、クラウディアとヘレンは一緒に微笑んだ。