軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12.悪役令嬢はお尻を痛める

腰に手を当て、胸を張る姿が微笑ましい。

(弟がいたらこんな感じなのかしら)

隣に座るヘレンの視線にもクラウディアと同じ思いが込められていた。

「平民だけど、腕は確かだよ! さっき驚いて転びかけたのは、ディーさんの正体に気付いたからなんだ」

助けを求めた相手が、侍女に扮した公爵令嬢だったため、思わず反応してしまったのだという。

「貴族街には依頼人への報告のために来たんだ。けど怪しい追っ手の気配を感じて逃げたんだよ。多分、相手は今受けている依頼の関係者だと思う」

「そんな危険な依頼なの?」

「うーん、申し訳ないけど、依頼内容については喋れないんだ」

「守秘義務のためね」

「そう! 依頼人の秘密はきっちり守らないと!」

「普段は下町のほうで活動しているのかしら?」

平民の身分で、報告へ貴族街に来ただけならそうなのだろうと、一応の確認をするためだけにした質問だった。

キールは黄色い頭を左右に振って答える。

「生まれも育ちも東部だよ。両親は牧場をやってて、今もそっちにいる」

思いがけない答えにヘレンと顔を見合わせる。

東部の最西端から来たのだとしても、王都までの距離を考えると信じられなかった。

「さすがに一人で王都まで来たわけではないわよね?」

「あー、うん、同行者はいるよ。競馬に行ってるっていうか邪魔だから行かせたというか……彼なら放っておいても大丈夫!」

「キールを一人置いて、競馬に行ったって言うの!?」

子どもを残してとヘレンが憤慨する。

慌てたのはキールだった。

「いや、あの、ぼくが行ってって言ったの! うちで育てた馬が出るから。貴族街ならぼく一人で出歩いても大丈夫だと思ったし」

「不用心よ!」

キールの家では競走馬が育てられているらしい。

そんなことより貴族街でも子ども一人は危ないとヘレンが目尻をつり上げる。

「うう、ぼくもまさか追っ手がいるなんて思わなくて……」

「今回が特別なケースなのは確かよ。でも気を付けなきゃダメよ」

キールは賢いんだからわかるでしょ、とヘレンは反省を促す。

どれだけ安全な場所でも、子どもが一人で出歩いている状況が許せないようだ。

クラウディアも反論はなかった。

(微妙なところではあるわね)

社交界ではデビュタントを迎える十四歳から成人と見なされる。

その観点からいっても、キールは子どもだ。

でも貴族は成人しても一人では出歩かない。護衛騎士を付けない場合でも、使用人が同伴する。

同じ感覚で叱っていいものか。

キールが育った町では普通のことなのかもしれない。

家が牧場なら、都市部から離れた場所で暮らしている。

人口が過密する都市部ほど重犯罪が多くなる傾向にあり、逆に農村部であるほど、人々はのどかな生活を送っていた。

リンジー公爵家の領地でも、その傾向は窺える。

(でもサニーのこともあるわ)

娼館でケイラの付き人をしている女性を思いだす。

彼女は貴族街でも客らしき男に絡まれていた。

また立ち寄った菓子店では、身分の関係で退店を迫られていたことを鑑みると、ヘレンの心配もよくわかった。

悪意を向けられたとき、子どもが一人だったらと思うと心が痛む。

(キールなら上手くかわしそうだけれど)

それはそれ。

今回だって同行者がいれば違っただろう。

素直にヘレンの言葉を聞いているキールを見るに、彼も叱られる理由には思い当たる節がありそうだった。

「ごめんなさい」

しゅんと項垂れる様子は、耳を下げた子犬を連想させる。

殊勝なキールに、ヘレンは改めて笑顔を向ける。

「口うるさくして、ごめんなさい。けど貴族街も心根の優しい人ばかりじゃないから」

「うん、今後は一人で出歩かないようにするよ。ヘレンさんがぼくのことを心配してくれてるのもちゃんと伝わってるよ!」

「いい子ね」

ついそんな言葉がクラウディアの口をついて出ていた。

ヘレンが笑顔で首肯する。

「はい、キールくんはとてもいい子です」

「えへへ」

クラウディアとヘレン、双方から面と向かって言われ、キールの頬が赤く染まる。

柔らかな頬が色付くとクラウディアの心も温かくなる。

予想外の出来事に焦りはした。

ガタゴトと音を立てる振動が響き、体は時折痛みを訴える。

それでもクラウディアにはキールとの出会いが、きまぐれな神様からの贈り物に思えた。

日が暮れてきたところで、ようやく幌馬車は停まった。

途中、速度は落ちたが、ずっと走りっぱなしだった。

馬たちも疲れたに違いない。

硬い床の上でずっと揺られていたため、三人とも立ち上がるのにも一苦労する。

ゆっくりと荷台から降り、大地に立ったときには感動すら覚えた。

揺れない地面って素晴らしい。

三人揃ってお尻をさすりながら周囲を見渡す。

場所は馬の水飲み場のようだった。

水が張られた長い木の桶が置かれており、その先には馬を繋ぐための柵もある。

町はずれに設けられているようで、辺りは静かだ。

なだらかな坂を下った先に、建物が並んでいるのが見える。あそこが町の入り口だろう。

「乗っていたのは体感で二時間ぐらいかな」

「わかるものなの?」

「今までの経験からお尻の痛さと、日の傾き加減で大体わかるよ」

平民がよく利用する馬車は、貴族のものより設備が足りていない。

時刻表に従い、一定の路線を走る乗合馬車も同様で、幌馬車の荷台のように座席は板張りであることがほとんどだとキールが教えてくれる。

「旅行者用の乗合馬車だと何時間も乗るからね。自前でクッションを用意するのが普通なんだけど、ぼくの時は使えなくなっちゃって」

「あら、災難だったわね。何があったの?」

「具合の良くない人がいて、敷いてるときに運悪くぼくのところに吐いちゃったんだよ。だから捨てるしかなくてさ」

とんだ不運に、まあ、とヘレンも口に手を当てる。

「しかも一緒に来てたやつは準備不足でクッションを持ってきてなかったんだ! だから二人でお尻の痛い思いをしたよ」

どうやらその人物とは、よく行動を共にしているらしい。

王都へも一緒に来て、キールが競馬へ行かせた人だった。

身分に関係なく子どもは一人で遠出できない。

旅にはお金がかかるし、人攫いなど事件に巻き込まれる可能性があるからだ。

文句を言いつつも、同行者にするぐらいは認めているのが微笑ましかった。

「傭兵崩れなんだけどさ、図体だけデカくて全く使えないんだ」

「傭兵って、パルテ王国のかしら?」

「そうだよ。戦争が嫌になって逃げだした小心者さ」

当時のことを思いだして腹が立ってきたのか、キールは唇を尖らせる。

その仕草が可愛らしく、状況から張り詰めがちな空気を和ませてくれた。

でも、と気を引き締める。

「のんびりしていないで、日が完全に暮れる前に御者と話さないといけないわね」