作品タイトル不明
11.悪役令嬢は不運に見舞われる
「荷台に人がいるよ! 停まってー!」
「停まってください!」
御者に向かって叫ぶ少年に倣い、クラウディアたちも声を上げる。
けれど走行による風音や御者台のすぐ後ろに積まれた馬の飼料が壁になってしまっているのか、速度が落ちる気配はない。
しばらく三人で叫び続けたものの、どうしようもないと諦める。
荷台の床に腰を落とすと、少年は被っていたベレー帽ごと頭を抱えた。
「ぼくはなんて運が悪いんだ!」
気持ちはわからないでもない。
ただ追っ手をやり過ごせれば良かっただけだというのに。
「まさかの展開だわ」
「ディー、どうしましょう?」
ヘレンも予想外のことに眉尻を下げる。
護衛騎士が追って来ようとしていたけれど、人の足では到底無理そうだった。
今はもう姿すら見えない。
「とりあえず停まるのを待つしかなさそうね」
御者に声が届かない以上、手はないと苦笑を浮かべる。
速度が緩めば飛び降りられそうだが、ケガを負ってまでする必要はないだろう。
「すみません、ぼくがここに隠れようと提案したせいで」
「気にしないで。ついて行ったのはわたくしたちの判断だから」
「そうよ、見つかるわけにはいかなかったでしょうし」
しょげる少年をヘレンと二人で励ます。
いきなり見知らぬ人から頭を撫でられるのは不快かと思い、ぽんぽんと軽く肩を叩いた。
「よかったら追われていた事情を教えてくれるかしら? 力になれるかもしれないわ。そういえば、自己紹介をしていなかったわね」
積み荷を少し退かしてスペースを作る。
荷物の搬入で付いた土で荷台は汚れていたが、気にせず腰を下ろした。
不規則に揺れる荷台で立っているほうが大変だ。
そんなクラウディアにヘレンがおろおろとした様子を見せたので、大丈夫よと笑う。
居住まいを正し、ヘレンと二人、リンジー公爵家の使用人であることを少年に告げる。
「ディーって呼んでくれたらいいわ」
「わたしのことはヘレンと」
「はい、あの……失礼ながら、ディーさんは、クラウディア様ですよね?」
申し訳なさそうに指摘され、ヘレンと一緒に目を瞬かせる。
少年とは、さっきはじめて会ったところだ。
面識はないのに、どうして正体がバレたのか。
(彼が一方的にわたくしを知っていた可能性はあるけれど)
言わずもがな、クラウディアは著名人である。
絵姿も売られているくらいだ。
少年が知っていてもおかしくはない。
だが現在のクラウディアは曲がりなりにも変装していた。
普通、貴族令嬢、それも上級貴族の公爵令嬢が侍女に扮するなど考えもしない。
「どこで気付かれたの?」
「ヘレンさんと違い、手が荒れてないなって思って」
白くしなやかな指にはかすり傷一つなく、爪はやすりで綺麗に整えられていた。
身嗜みに気を使っているともとれるが、艶やかで形の良い爪にはくすみもない。
ここまで見れば、雑用をしていないだけではなく、丁寧に時間をかけてケアされる立場の人間であることがわかる。
「高貴な方であるのは間違いないと確信しました。そしてどこのご令嬢がお忍びで街に出ているのか考えて、身に着けている制服に目が行ったんです」
揃いの侍女の制服にはある特徴があった。
「祖父から聞いたことがあったんです。一般的に使用人の制服は自分で市販品を用意するのが当たり前だけど、例外的に支給されるところがあると」
王家とそれに連なる家。
リンジー公爵家は過去に王家の姫が降嫁している。
これらの家の制服はデザインが異なるものの、仕立屋は一緒だった。
「王家御用達の仕立屋で仕立てられた制服には、デザインに店の特徴が出るんです。祖父は支給される制服に憧れを持っていてデザインについてもよく知ってました」
先に納得を見せたのはヘレンだった。
「他家の侍女から言われたことがあるわ。わたしもその制服が着たいって」
支給された制服を着ていることは名家で働いていることを意味し、働き手の間では一種のステータスになっていた。
一見すると代わり映えしない制服でも、歴とした違いがあるのだ。
デザインに店の特徴が出るのはドレスも一緒で、クラウディアも少年の言葉がストンと胸に落ちた。
少年は制服のデザインにまさか、と思い、至近距離から見たクラウディアの容姿が決定打になったと言う。
「クラウディア様の美貌は、なんていうかズバ抜けてるんです! あ、でも侍女に扮するのは良いアイデアだと思います! 人は無条件で制服を信じますから」
いわゆるメイド服と呼ばれる装いをしていれば、誰もが侍女の職に就いているものだと考える。
少年のように意識して観察されれば気付かれるかもしれないが、人混みに紛れている分にはバレないだろうと。
「美人がいるな、と見はしても、それこそクラウディア様本人だとは夢にも思いませんよ!」
「なるほど、今後の参考にさせていただくわ。あと、まだ他の人にはバレたくないから、できたら口調は崩してもらえるかしら?」
制服についてもそうだけれど、砕けた口調で話しかけられている相手が貴族だとは誰も考えない。
身分に対する固定観念を利用することで人を欺けるのは、少年の言った通りだ。
ヘレンにも同じお願いをしている。
決して友人として対等に振る舞ってほしいという願望からだけではない。決してない。
「あっ、そうだね! 気が回らなくてごめん」
理由に見当がついたのか、すぐに少年は対応してくれた。
(頭の回転が速い子だわ)
先入観に惑わされず、クラウディアを観察していた点も含めて聡いと言える。
「わたくしの事情だから、むしろ謝るのはこちらのほうよ」
少年のほうがクラウディアに合わせてくれているのだ。
それに言い当てられた点を改善できれば、より良い変装ができる。
クラウディアが感心と感謝を笑みに変えると、少年はフンスッ、と鼻の穴を膨らませて言い放った。
「ぼくはキール、探偵なんだ!」