軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10.悪役令嬢は業務を欠かさない

春の日差しが足下にまで届こうとしていた。

花がつぼみを付けているのを見ると、もうすぐだ、という気持ちが強くなる。

シルヴェスターとの打ち合わせから、時間が流れるのはあっという間だった。

婚約式に出席する来賓の情報を覚えては、仕立てたドレスの最終調整などをし、婚約式まであと一週間となってもクラウディアは忙殺されていた。

会場は王城なのに、屋敷までもがバタバタと忙しない。

そんな中、クラウディアの姿は貴族街にあった。

ヘレンと同じ侍女姿で。

息抜きも兼ねて、自分がトップを務める犯罪ギルド「ローズガーデン」の定期報告を受けに赴いていた。

侍女に変装しているのは、男装姿であるローズの正体がバレるリスクを避けるためだ。

本来なら人目を忍んで夜に動くのだが、いかんせん今は自由に動ける時間が限られていた。

真昼にローズとして動くのは悪目立ちする。

報告の手法も変えているので侍女にならなくても良かったが、この時期、クラウディアは注目の的だった。

今までは貴族令嬢にすぎなかったが、もう町の皆が王太子の婚約者であることを知っている。

正式な発表はまだでも、これだけ準備していれば噂が広がるのは早かった。

素のままだと衆目を浴びるため、主人から使いに出された侍女を装うほうが街に馴染んだ。

「良い天気で……良い天気ね」

ただヘレンにはまだ馴染んでないようで、言葉遣いがぎこちない。

「晴れの日に出かけられて嬉しいわ」

「わたしも。息抜きにはちょうどいいもの」

ぐっと何かを呑み込むようにして、ヘレンはクラウディアと調子を合わせる。

使用人が使う馬車から降りると、待ち合わせ場所である飲食店へ向かう。

飲食店は中心地から外れた場所にあった。

以前シルヴェスターへの手土産を買った菓子店の近くだ。

護衛騎士も一人付いているが、いつもの如く空気と化していた。

店内へ入り、普通に注文する。

間食を取るのにちょうどいい時間だったため、ヘレンと二人で甘味を頼んだ。

待ち合わせていると言っても、構成員の姿はない。

「待っている間に新聞でも読みましょうか。買って来るわね」

そう言ってヘレンが席を立つ。

けれどすぐ新聞を手に戻ってきた。

「向こうの席のお客さんが読み終えたのをくれたわ。会話が聞こえていたみたい」

「あら、親切な人がいるものね」

並んで座ったヘレンと一緒に新聞を広げる。

正面に護衛騎士を座らせているので、傍目にも不自然ではない。

すると新聞の間から馬券が落ちてきた。今日の日付だ。

どうやら前の持ち主は競馬帰りだったらしい。

という体で、馬券が挟まっていたページを開くと、紙面の一部が故意に改変されていた。上から別の紙を貼り付けているだけだが。

報告を受け取ると馬券を挟み直して新聞を閉じる。

あとは何事もなく間食を楽しんだ。

疲れた頭に糖分が染み込んでいく気がする。

店を出ると、見知らぬ男から声をかけられた。

護衛騎士が警戒するが、すかさずヘレンが大丈夫ですと宥める。

新聞をくれた人だった。

「すみません、馬券を新聞に挟んだままだったのを思いだして」

「ええ挟まっていましたわ。そのままにしてありますのでどうぞ」

「ありがとうございます」

貰った新聞を、そのまま返す。

言うまでもなく派遣されたローズガーデンの構成員だった。

「名残惜しいけれど帰りましょうか」

暖かい日差しが降り注ぐのにつられ、このままウィンドーショッピングに出かけたい気持ちが膨らむ。

このあとの予定を考えると自制せざるをえないけれど。

少しだけ散歩がてらに歩く。

あえて馬車は離れたところに停めてもらっていた。

歩き出した途端、少年の高い声が耳に届く。

「すみません! 助けてください!」

何事かと思う前に、少年はクラウディアの後ろに隠れようとした。

護衛騎士の手が伸びるけれど、クラウディアが庇う。

怯えた様子に悪意を感じなかったからだ。

何も持たず、乞うように胸の前で手を組んでいるのもあって護衛騎士も了承した。

もしどちらかでも手が隠れていたら危険があると判断され、引き剥がされていただろう。

クラウディアの意を酌んで、ヘレンも通りから少年の壁になるよう移動する。

人通りがあるので、すぐには見つからないはずだ。

(誰かに追われているの?)

それとなく視線を巡らすと、確かに怪しい動きをする男がいた。

帽子を被った男は、何かを捜すような素振りを見せる。

貴族街にいるだけあって少年の身なりは良い。

切羽詰まった表情から、かくれんぼをしているわけではないと知れた。

(イタズラでも見つかったのかしら)

歳は十二歳ぐらいだろうか。

顔にはまだ幼さがある。

カナリアのように黄色を濃く感じられる髪が、綿毛よろしくふわふわしているのが特徴的だった。

丸眼鏡の奥からは鮮やかな緑色の瞳が覗いている。

茶色のベレー帽に白いシャツ。ベージュのベストを着て、下は半ズボンだ。

まだ寒さが少し残っているせいか膝が赤くなっていた。

追っ手らしき人物が離れたところで、事情を聴こうとクラウディアは少年に振り返った。

瞬間。

「うわぁっ」

何かに驚いた少年がバランスを崩す。

そして不運にも路上に落ちていたチラシに足を滑らせた。

清掃が行き届いている貴族街では珍しいことだ。

もしかしたらどこかの店舗から飛んできたばかりかもしれない。

咄嗟に護衛騎士が少年の腕を掴んだおかげで転ばずに済む。

大丈夫か、と護衛騎士が声をかけるも、状況は大丈夫ではなさそうだった。

少年の声を聞きつけた追っ手が足を止めたのだ。

「あ、ありがとうございます。あの、とりあえずこっちへ!」

体勢を立て直した少年に手を引かれて移動する。

クラウディアたちが壁になっていたので、幸いまだ小柄な少年の居場所まではバレていない。

導かれた先で、人通りを避けるように停められた幌馬車を見つける。

荷物を搬入中なのか、荷台の柵と簡素な木の階段が下ろされていた。

躊躇なく少年は荷台へ上がる。

「ここなら隠れられます」

幌馬車は荷台が布で覆われている。

その布は円形に曲げられた木の骨格で支えられており、中にはドーム状の空間があった。

確かに紛れ込めば人の目は避けられる。

しかし荷台へ上がる階段が地面に着かず、宙に浮いている仕様なのもあってためらってしまう。

(戸惑っている場合ではないわね)

立ち止まっているのを追っ手に見られれば怪しまれるかもしれない。

少年の手を借りつつ、クラウディアも荷台へ上がる。

さらにヘレンが続いた。

(柵と階段が下りている以上、すぐに動き出すことはないでしょう)

きっと少年も同じことを考えたのだろう。

荷台にあった木箱の影に身を潜める。

護衛騎士は、御者が馬の手綱を握っているのを見て事情を話しに行ってくれた。

「ところで――っ」

どうしてこうなったの? と少年に訊こうとしたとき。

おもむろに幌馬車が揺れる。

外で護衛騎士が止まるよう叫んでいるのが聞こえた。

御者は自分が呼び止められていると思わなかったのか、加速を続け、完全に走り出してしまった。

「どうしましょう!?」

ヘレンが焦る。

傍ではぶら下がったままの木の階段がガタガタと音を立てていた。