軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14.悪役令嬢は交渉を見守る

「気を取り直して、これからのことを考えましょう」

町はずれから町中までの道は一本道だ。

今のところ御者が町に入った様子はない。

(それも暗くなってしまえばわからないわ)

「警ら隊に助けを求めれば話は早いのだけれど……」

「でも、難しいよね?」

丸眼鏡越しの緑色の瞳に見上げられる。

キールはクラウディアの事情を把握しているようだった。

「貴族社会だと、特に令嬢が人攫いに遭うなんて致命的でしょ?」

キールの言う通り、令嬢が誘拐された場合、それは傷物になるのと同義だった。

嫁の貰い手がなくなり、ほとんどが修道院へ自主的に入ることになる。

ヘレンがキールに頷く。

「心情的には警ら隊の元へ行きたいけど、わたしも慎重になったほうがいいと思うわ。どこに反対派の息がかかった人がいるかわからないもの」

シルヴェスターが反対派を治めたといっても、付け入る隙があれば相手は容赦なく突いてくる。

身分を偽ったところで、警ら隊の目を誤魔化せるとは思えなかった。

「そうすると王都までの移動手段をどうするかね」

「乗合馬車が出ているはずよね? 一番早い便に乗るのはどうかしら。少しならわたしに持ち合わせがあるわ」

貴族街でクラウディアが買い物をする場合、基本的に公爵家へ請求書を送ってもらう。

だから直接、金銭のやり取りはしないのだけれど、今日は侍女に扮していたのでヘレンが気を利かせて用意してくれていた。

ヘレンの提案にキールも頷く。

「うん、それが良いね」

方針が決まり、乗合馬車の停留所へ向かう。

乗合馬車は時間を決めて定期的に運行されている。

そのため停留所に行けば、時刻表が置いてあった。

すぐにお目当てのものは見つかったが、キールがお決まりとなりつつある台詞を口にする。

「ぼくはなんて運が悪いんだ!」

一番早い便でも、出発が昼からだったのだ。

御者やその仲間の存在がある以上、のんびりはしていられない。

どうやら町の利用者のほとんどが移動手段を持っているため、運行が少ないようだった。

「行商人や旅人が多いとなると、そうなるわよね……」

自前の馬があるのに、乗合馬車を利用する人はいないだろう。

クラウディアは途方に暮れそうになる心を叱咤し、意識して顔を上げる。

気落ちしている姿をキールに見せれば、ますます彼が自責の念に駆られると思ったからだ。

「次策を考えましょう」

それに一人でない分、心強かった。

三人で話し合えば策が見つかるはずだ。

最後の手段として、警ら隊に助けを求めるというのもある。

意識的に前を向いていたのが良かったのか、ある行商人がクラウディアの目に留まった。

「あの人は、もしかしたら王都へ行くのではないかしら?」

行商人はクラウディアたちとは逆の方向から町へ入ってきたように見えた。

ということは王都から来たのではない。

引いているのは木の土台に柵を付けた荷馬車だ。

荷台に木箱が積まれていることからも、これから商売をしに行くのではと推測できる。

「また逆方向へ引き返す可能性もあるけれど、軽く話をしてみる価値はありそうだわ」

「うん、うん、良いと思う!」

「じゃあ今度はわたしが話してみるわね」

クラウディアばかりを矢面に立たせられないと思ったのかヘレンが名乗り出る。

話す内容を三人で打ち合わせて、クラウディアはヘレンに主導権を預けた。

行商人は四十代ぐらいの男性だった。

自分で手綱を握り、二頭の馬を動かしている。

ヘレンの呼びかけには気さくに答えてくれた。

「ああ、王都へ行くよ。うちはエバンズ商会と取引があるからね」

思いがけない取引先の名前にヘレンが目を丸くする。

「本当ですか!? 凄いですね!」

「今は飛ぶ鳥を落とす勢いだけど、うちとの付き合いはその前から、先代のじいさんのときからあるんだよ。いや、男爵家の人をじいさん呼ばわりするのは悪いか」

ヘレンが相槌を打ったのに気を良くした行商人が豪快に笑う。

彼にとってエバンズ商会との付き合いは自慢のようだ。

「古くからのお付き合いなら、とても信用がおありなんですね」

「もちろん! 商人は信用が一番だからね!」

「きっとエバンズ商会も頼りにされているんだと思います。これは興味本位なんですけど、どういったものを扱われているんですか? ほら、エバンズ商会といえば化粧品が有名でしょう?」

「ああ、今はそうだね。だけど昔は日用品や小回りの利く土産ものなんかが知られていてね。うちが仕入れてきたのもそうさ」

土産ものの運搬で南西部にも知見があることなど、行商人はエバンズ商会についてよく知っていた。

(取引があるのは嘘ではなさそうね)

南西部といえば、ブライアンが案内してくれた元サスリール辺境伯領が頭に浮かぶ。

ハーランド王国、パルテ王国を越えて紛争地帯を行き来している従業員がいるのも、行商人は知っていそうだった。

内部にも詳しくなければわからない情報だ。

「というのも、うちは南西部がメインでね。去年は散々だったけど、その半面、格安で良い品が手に入ったんだよ。これだから商売はやめられない!」

ヘレンが聞き上手だからか、行商人は特にこちらを疑うことなく喋ってくれた。

元サスリール辺境伯領の状況については、クラウディアが誰よりもよく知っていた。

現在は一時的に王家預かりになっているが、パルテ王国と隣接している土地柄、頃合いを見て適任者に辺境伯が叙爵される予定だ。

エバンズ商会と取引のある行商人なら大丈夫だと、クラウディアはヘレンへ合図を送る。

「実は折り入って相談があるんですが……」

乗る馬車を間違えてしまい、朝一で王都へ戻りたいのだと話を持ちかける。

行商人は驚きを隠さなかったものの、親身になってくれた。

「それは大変だったね。元々うちも朝一で出る予定だから、送るのは構わないよ」

「ありがとうございます! とても助かります!」

「ただ荷台に乗ってもらうことになるけど」

「大丈夫です! 遅くなってしまうほうが問題ですから」

ヘレンの満面の笑みを受けて、照れた行商人が頬をかく。

「多少持ち合わせはあるので、運賃は支払わせてください」

「困ってるだろうに、いいのかい?」

「はい、信念を持って商いをされている方ですもの。安心して支払わせていただきます」

「ははは、そこまで言われちゃ受け取らないわけにはいかないね」

会話の感触では、タダでも送ってくれた気はする。

けれど、信用できそうな相手なら、運賃を渡そうと事前に決めていた。

お金を支払うことで、クラウディアたちを「仕事相手」と認識させるためだ。

無償の親切心は、見返りを求める心に変化しやすい。自分はこれだけやったんだから、相手も誠意を見せるべきだと。

薄汚れているとはいえ、クラウディアもヘレンも容姿に優れている。

下心が生まれるきっかけはいくらでもあった。

それが仕事相手なら、下心を抱いても理性が働くようになる。

運賃の支払いは自衛も兼ねていた。

(絶対ではないけれど、潰せる芽は潰しておかないとね)