作品タイトル不明
08.王太子殿下は騎士団長令息と話し合う
「おはようございます。って、珍しいですね、シルがまだ支度を整えていないなんて」
「お前相手に身綺麗にする意味を見出せなくてな」
トリスタンに憎まれ口を叩くシルヴェスターは、シルクの寝衣の上にガウンを羽織った姿だった。
昨夜ラウルと飲んだ酒が抜けきれず、動く気力が湧かなかったのだ。
「ひどっ、親しき仲にも礼儀ありって慣用句知ってます?」
トリスタンは傷ついた表情を見せるも、すぐににこやかになる。
ラウル相手に飲み過ぎたのをわかっていた。
昨夜ラウルが座っていた席に、トリスタンが腰掛ける。
テーブルの上にあるのは酒とつまみから紅茶と軽食に替わっていた。
酒が抜けたらすぐに動けるよう、次なる問題についてトリスタンと話し合う。
「婚約式への反対は収まった。残りも片付けるぞ」
「不穏分子が集まるとされる村についてですね、それも領地を越えて複数あるとか」
「王都郊外に一つと南部にも存在しているのは把握している。だがさすがに他の領地までは調べが足りていない」
貴族の領地は、領主に権限がある。
王族だからと勝手に動けば反感を買い、他の貴族からも信用を失うことになるため、おいそれと介入することはできなかった。
「だとしても将来、火種になる可能性があるのなら解決すべし、というのが国王のお考えだ」
シルヴェスターとしても異論はない。
問題になるであろう芽を摘み取ることは大事だ。
見逃して後悔しても遅いのだから。
「村の問題点は閉鎖的な思想によるんですよね」
「ああ、全てを村内で完結させ、村を理想郷と銘打っている。唯一神を信仰していることから教会とは反目していない。今のところ税金も問題なく納めているが、納税には批判的だ」
村外へ金を流出させるのは、彼らにとって考えに背く行為だった。
それでも支払いを怠らないのは、余計な詮索をされないためだと考えられた。
実際、村の存在が明らかになったのは近年のことである。
「昔から存在していたんでしょうか」
「わからぬ。村への調査もはじまったばかりだ。判明している村の所在地から、領主が把握しにくい領地境に他の村も構えていると推測される。最大の留意事項はナイジェル枢機卿が接触していたことだ」
目下の敵である人物の名前に、トリスタンが眉根を寄せる。
「あの人、どれだけ活動的なんですか」
「謹慎中にもベンディン家を動かすぐらいだ。常に動いていないと気が済まぬのだろう」
これはニナが把握していたナイジェル枢機卿の動きと、ハーランド王国が抱えている懸念事項を照らし合わせた結果、判明した。
南部にも同様の村があるとわかったのも、ニナからの情報だ。
加えて王都郊外の村に関しては、遺恨のある犯罪ギルド「ローズガーデン」――旧ドラグーンが持っていた情報とも符合した。
「犯罪の証拠を掴めていないのが痛いな」
うまく擬態しているのか、村の様子だけを見れば平穏そのものだった。
おかげで大々的な捜査がおこなえず、横の繋がりを把握できずにいる。
ナイジェル枢機卿の活動範囲を鑑みても、他に同様の村がないとは言い切れない。
この状態で不用意に刺激してしまうと、独自の思想から予期せぬ反乱が各地で起こる可能性があった。
「何かしているのは確かなんですか?」
思想は自由だ。
どれだけ特殊な考えを持っていても、頭の中だけで済むなら問題にはならない。
「ああ、人を攫っている気配がある」
「えっ大事じゃないですか!」
「あくまで気配でしかないのが悩みの種だ」
どうやら対象は貧民に限られているらしく、被害届が出された形跡は一度もない。
そしてある日突然、村に人が増え、消える。
引っ越したと言われればそれまでだが、どうにもきなくさい。
行商人に扮して数か月に一度村を訪れていた調査員によれば、増えてから消えるまでの間隔がやけに短いのだ。
前の訪問時にいた村人がいなくなっているのである。
中には、一家で村へ引っ越してきたにもかかわらず、一人だけいなくなっていたこともあった。
村人に尋ねれば何かしら答えが返ってくるものの、素直に納得できたためしがない。
もやもやとした不快感が残り続ける、という所感が報告書には記されていた。
調査を続けたかったが、三回目のときに次の訪問を断られた。
「現在、直接村へ行く機会はなくなっている。ただ最近になって動きが掴みやすくなってきた」
きっと何かしら役目を担っていたナイジェル枢機卿が国外追放されたため、綻びが生じているのだ。
「ずっと村の生計は、農業、狩猟で賄われていると考えていたが、薬も製造していることがわかった」
「薬ですか」
「鎮痛薬だな。町の薬屋に卸しているのが確認された」
貴族にはお抱えの医師や薬師がいるが、平民はそうはいかない。
体調が悪くなったときは、薬屋で薬を買って対処するのが一般的だった。
「えっと、基本的に村外とは関わらないのが理念でしたよね?」
関わりがあるなら、村内で完結しているとは言えない。
「納税かナイジェル枢機卿への献金のためか、金を稼ぐ必要があるのだろう。薬屋の証言では、質は良いらしい。下町で売られる薬の中には粗悪品も多いと聞くが、購入者から苦情が来たことはないそうだ」
「うーん、それだけ聞くと、不穏分子が集まっているようには感じられませんね」
「だが不可解な点があるのも事実だ。これを」
手元にあった書類の一つをトリスタンへ渡す。
そこには似顔絵が描かれていた。
「探偵、ですか? いかつい人ですね」
「人相だけでなく体格も大柄らしい。どうやらその男も件の村を調査しているようだ」
「あれ? でも探偵の仕事って人の身辺調査とかですよね? 調査対象が村にいるっていうことですか? もしかして失踪者を捜してるとか……」
「その可能性はある。失踪者の身内が警ら隊だけに任せられず、探偵を雇うこともあるらしいからな。村を調査している以上、無視はできない。男の足取りを調べるよう調査員に通達しておいた」
別の視点から、村について取っかかりを得られるかもしれないと考えたのも理由の一つだった。
なるほど、とトリスタンが頷く。
「僕にそれを話すってことは、結果が届いたんですね?」
「依頼内容についてはわかっていないが、男の移動経路が判明した。この一年、居場所を転々と替えている」
おおよその時期と滞在場所が記された書類を新たにトリスタンへ手渡す。
「どういうことでしょう? 調査対象が村にいるなら、一か所に留まって調査を続けると思いますけど」
「失踪者の足取りを追っていた線はあるが、それにしては動きがおかしい」
「東から西に移動して南下。北上してまた南下ですか」
「ちなみに調査員が男を知ったのは南部でだ。足取りを追っていたにしては、一度での移動距離が長過ぎる。まるで次の目的地を知っていたみたいじゃないか。一探偵が領地を越えて調査しているのも気になる」
「領地を越えてって……言われてみれば大がかりですね」
再度トリスタンは手元の書類に目を通す。
シルヴェスターと共に行動するトリスタンにとって、領地どころか国すら越えて捜査するのは不思議なことではない。
現に調査員は南部へも派遣されている。
だから移動経路を見ても、すぐにはその奇怪さに気付けなかった。
将来国を預かる王太子とは違い、探偵は民間人にすぎないのだ。
「依頼主はよほどの資産家らしい」
調査費用は依頼人持ちだ。
長距離の移動、滞在となれば、当然費用はかさむ。平民に払える額ではない。
(貴族か商人か)
「探偵が調査対象の足取りを追っていた場合、調査対象も領地を越えて移動してるってことですよね」
「そうだ。調査対象が行商人なら探偵の動きもそうおかしくない、か……」
トリスタンの意見を聞き、考えをまとめる。
(行商人が村から薬でも買っていたか?)
農作物の場合もあるが、それなら他でも買える。
探偵があの村に行き着く理由にはならないように思えた。
「直接、探偵に話を訊く必要がありそうだ」
「どんな理由があるにしろ、探偵も村について調べているわけですからね」
「偶然の一致か、それとも」
最初から村に関することを調べていたのか。
「簡単に口を割ってくれることを祈ろう」
シルヴェスターの言葉にトリスタンが苦笑を浮かべる。
探偵という職業柄、依頼内容を他者に明かすのは御法度だ。
依頼主が資産家であれば尚更である。
「貴族が依頼主の場合、ややこしいことになりそうですね」
現状、シルヴェスターが王家直轄領外でおこなっている捜査は内密のものだ。
他の貴族にバレて邪魔されることだけは避けねばならなかった。