作品タイトル不明
07.王太子殿下と王弟殿下は睨み合う
卒業パーティーがあった夜、ラウルは滞在している大使館へ帰ることなく王城に留まっていた。
シルヴェスターから飲もうと誘われたからだ。
シルヴェスターの自室へ招かれるのは、これがはじめてではない。
けれど夜に足を踏み入れたことはなかった。
広い部屋の中心部にだけロウソクが灯され、ぼう、とテーブルとソファーを照らす。
一人掛けのソファーに座るシルヴェスターに対し、ラウルは斜め前に置かれた二人掛けのソファーへ腰を下ろした。
シルヴェスターがグラスに琥珀色の液体を注ぐのを見守る。
間にあるテーブルにはつまみも用意されていた。
ロウソクの明かりが二人を酒と同じ色に染める。
「オマエから飲みに誘われるとは。身に余る光栄に涙が出そうだ」
「良い機会だから釘を刺しておこうと思ってな」
互いにグラスを持ち、乾杯する。
「もう刺してるだろ。オマエが計画する婚約式に反対していた貴族を呼び出したと聞いてるぞ」
「どこかの誰かが余計なマネをしなければ、呼び出されることもなかったろうに」
「サヴィル侯爵家とロジャー伯爵家からの寄付はどうやったんだ?」
予想がついているにもかかわらず、酒の肴にしたいのかラウルが問いかける。
「簡単な話だ。将来の王太子妃と反目するより、よしみを結ぶことを選んだのさ」
「ご令嬢たちの仲を考えると妥当な選択か」
彼女たちの関係が表面上だけのものだったら、ことは簡単に進まなかった。
真実、クラウディアとルイーゼ、シャーロットの仲が良いから実現した話だった。
将来性が見込めるなら、早いうちから立場を表明しておいたほうが良いと両家とも判断したのだ。
婚約の話はもう覆らないともわかっていた。
クラウディアの活躍を見ればさもありなん。
普段からの立ち振る舞いに加え、アラカネル連合王国との件では国に利益をもたらした。
令嬢に限らず、当主であっても容易にできることではない。
「オレが買収したヤツ以外の反対派はどうした?」
他にもいただろう、とラウルが水を向ける。
「全員から賛同を得るのが難しいことぐらい、お前もわかっているはずだ」
「まぁ普通は無理だな」
貴族にはそれぞれしがらみや思惑がある。
ニアミリアを婚約者候補に迎えるか否かでも意見が割れたぐらいだ。
議会運営において満場一致を迎えることはほぼない。
でも、とラウルはにやりと笑う。
「オマエはさせたんだろ?」
クラウディアが関わることで手を抜くはずがないと、シルヴェスターの性格をよくわかっていた。
「想像に任せる」
「切札は見せないか」
お互い会話から握ってる情報量を推し量るのはいつものことだった。
(買収した貴族から詳細は聞いておらぬようだな)
それもそうか、と納得する。
ラウルから得た利益の全てを吐き出すことになったのだ。
わざわざ大負けしたと喧伝する貴族はいない。
(あやつらにも恥はあったか)
大人しくしているなら問題ない。
ちなみにラウルの言う通り、残る反対派の貴族ともシルヴェスターは交渉していた。
だが一部の貴族たちから多額の祝い金があったことで、形勢は決まったも同然だった。
反対の理由は、盛大な婚約式にかかる費用にある。
祝い金によって国庫から出る金額が過去の分と変わらないとなれば、理由そのものがなくなってしまう。
後におこなわれた交渉はスムーズに終わった。
明るみに出たナイジェル枢機卿の件で、教会から砂糖に関する利権を得られていたのも大きい。
王家が新たに利権を手にしたことによって、顔色をうかがう者が増えていた。
大義名分があれば別だが、それがなくなれば話は早かった。
(全てディアの人徳と機転のおかげだな)
クラウディアが築いてきたものがあってこそ、まとまった話だった。
出来過ぎた婚約者に自然と口元が緩む。
反対にラウルは大きく唇を歪ませた。
「浮かれていると足をすくわれるぞ」
「心配しなくとも注意は怠っておらぬ」
国王からはもう一つ課題が出されていた。
シルヴェスターにとっては、こちらも解決せねば安心して婚約式を迎えられない。
けれどわざわざラウルに教えてやる義理もなかった。
「婚約式は盛大に、つつがなくおこなわれる。いい加減、お前も腹をくくれ」
「まだ婚約式だ。結婚式じゃない」
「ラウル」
ビターチョコレートの瞳を睥睨する。
(ここまで片意地を張る性格ではなかったが……ディアと出会って変わったか)
ラウルも正面からシルヴェスターを見つめ返した。
「クラウディアのオマエへの気持ちを認めていないわけじゃない。だが逃げ道ぐらい用意していても良いだろう?」
「自分への慰めのためにもか?」
「否定はしない。だけど、なぁ、雁字搦めにだけはしてやるな」
「何が言いたい」
「誰しも色んな選択肢があって然るべきだ。オマエはすぐ一つしか選べなくする」
自覚はあった。
交渉ごとでも、選択肢が複数あるかのように勘違いさせて、その実、一つしか残していないのは常套手段だ。
思い人であるなら、なおのこと自分だけを見ていてほしい。
(ディアの瞳に映るのは私だけでいい)
強く、願う。
時に身のうちにある炎が爆ぜ、心が火傷を負ってしまうほどに。
ロウソクの火が揺れて、顔に影を落とす。
ラウルの真摯さが、それを際立たせた。
けれど。
「杞憂だ。ディアはもう誰にも囚われない」
義母妹(フェルミナ) がいた頃は違ったが、トラウマは既に克服されている。
自分がどれだけ退路を断っても、きっとクラウディアは思いもよらぬ方法で新しい道を見つけるだろう。
誰よりも強い意志を、青い瞳に宿して。
「お前の助けなど必要としていないさ」
「そうかもしれないな」
今度はラウルが睫毛を伏せる番だった。
グラスの中の酒が揺蕩う。
「でも何かせずにはいられないんだ。わかるだろ? オレでも力になれると証明したい」
一番に自分を頼ってほしい。
愛する人の特別でありたい。
恋をすれば、誰もが心に抱く感情だった。
「私もお前も、このような感情を持つようになるとはな」
「ははっ、確かに」
以前――クラウディアに出会うまでは、誰かに寄り添う自分など想像もできなかった。
ラウルに至っては今でも女性が苦手だ。
「こうも変えられるものなのだな」
その存在一つで。
どれだけ頑張っても敵いそうにない。
同じ思いを抱く二人の会話は、夜遅くまで続いた。