軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

56.第四章、完

「償いになるかはわからないけれど、わたくしたちの命はあなたへ預けるわ。好きに使って頂戴。枢機卿と刺し違えてこいというなら従うけれど勝算はないわよ」

ナイジェル枢機卿には味方が多い。

教会のトップである法王ですら騙されているらしかった。

「わたくしのような駒も多いわ。あなたたちは本気で枢機卿と敵対する気なの?」

平然と人を操るような男だ。

ベンディン家当主を恨むニナも、ナイジェル枢機卿を敵に回そうとは思わない。

クラウディアは一度、金色の瞳へ目を向ける。そこに宿る意思は同じだった。

互いの気持ちを確認して、正面からニナと向き合う。

「枢機卿は神様ではないわ。全てあの人の思い通りなら、今ここにいるあなたたちは何だというの?」

ダートンがニナを慮り裏切る可能性を予見していても、彼がクラウディアたちを頼ることは見通していただろうか?

アラカネル連合王国でのこともそうだ。ナイジェル枢機卿の計画は失敗に終わった。

彼もまた自分たちと同じ徒人でしかない。

「枢機卿が恐ろしく感じるのは、人の心を顧みないからよ。あの人にとって他人の感情など、何の意味もなさないの。人の道理が通じないから怖いのよ」

自分の理解を超える存在に、人は恐怖心を抱く。

「けれど結局、枢機卿はその人の心に負けるのだわ」

そう言ってクラウディアはダートンを見る。

ニナを守りたい彼の思いに、枢機卿は勝てなかった。

「だからわたくしは枢機卿を恐れないわ」

リン、と鈴もないのに音が響いた気がした。

揺るぎないクラウディアに、ニナが眩しそうに目を細める。

「わかったわ。わたくしとダートンがその証拠になれるなら、これ以上のことはないわね」

だったらわたくしも恐れない。

ニナの答えに、ダートンも目礼で追従する。

「話は変わるのだけれど、ヒューベルトについてわかることはあるかしら?」

「ヒューベルト? ああ、ウェンディ様の件ね。彼はわたくしの手先ではないから、今何をしているかまではわからないわ」

彼はナイジェル枢機卿にだけ従い、今回はニナの補助として遣わされたとのことだった。

「北部には詳しくないけれど、南部で立ち寄りそうな拠点ならいくつか挙げられるわ。でもウェンディ様にとっては騙されたままのほうが幸せではないかしら?」

「だとしても野放しにはできないもの。真実とどう向き合うかはウェンディ様次第だわ」

何が彼女にとって幸せかは、当人にしか決められない。また罪人である事実からは逃れられなかった。

「おっしゃる通りね。他に訊きたいことはあるかしら?」

助けられたからには役立てることを証明したいとニナは意欲的だ。

今度はシルヴェスターが問う。

「パルテ王国民の感情を抑える手立てに心当たりはあるか?」

ベンディン家の企てを白日の下に晒したところで、一度昂ぶった反感は収まるのか。

ナイジェル枢機卿の口車に乗せられていることが判明したからには、当主が持っている確信はあてにならなかった。

下手をすると戦争になるほうがナイジェル枢機卿にとっては都合が良いかもしれない。

「わたくしをしばらく婚約者候補として置いていただけるなら打つ手はあるかと」

ニナは自分がハーランド王国の広告塔になってパルテ王国を巡回する案を出す。

「国民ひとりひとりと顔を合わせて説得します。修道者にできて、わたくしにできない道理はありませんもの」

人の心に訴える技術はニナも教え込まれていた。

「今は感情が高ぶっていますが、落ち着けば理性的に考える余裕が生まれます。冷静になれる状況さえつくれれば説得は難しくありませんわ」

お任せください、と頭を下げたニナは、続けてナイジェル枢機卿の目的は戦争ではないとも語る。

それならハーランド王国に到着した時点でニナを殺せばいい。

「枢機卿の目的は、クラウディア様を蹴落とすことに絞られているように感じるわ」

「どうしてわたくしなのかしら」

シルヴェスターでないことに首を傾げる。

単に攻めやすいほうを選んだのか。

去年の夏、シルヴェスターが危惧した通りになり良心が痛む。

それが伝わったのか、クラウディアの手にシルヴェスターの手が重ねられた。

「ディアに責任はない。君の安全は私が守る」

黄金の瞳に宿る光がクラウディアを包む。

思いは可視化できない。

けれどクラウディアは全身が温もり、胸の痛みが消失するのを確かに感じた。

――このあと、ナイジェル枢機卿から守るためにもニナは王家の監視下に置かれ、婚約者候補として残ることで話はまとまった。

今後一切、ニナに自由がないのは言うまでもない。

そして国民感情を抑えるのに合わせてベンディン家の敵対勢力を使い、パルテ王国内でベンディン家を断罪する。

それをもってニナの婚約者候補が取り消される予定だ。

クラウディアとシルヴェスターは並んで大使館をあとにする。

玄関を出たところでシルヴェスターは夜空を見上げた。

星が出ているのかと、クラウディアも視線を向ける。

何もなかったかのような静寂が一時、二人に訪れた。

シルヴェスターは一度目を閉じると、星を瞬かせた瞳をクラウディアへ向ける。

「もうこれ以上、邪魔はさせぬ。パルテ王国の件が落ち着き次第、ディアを婚約者として発表し、婚姻を進めよう」

ニナを差し向けたことからも、ナイジェル枢機卿はクラウディアの権力を盤石にしたくないのだと考えられた。

ここで時間を置いてしまえば、また後手に回りかねない。

「今回の騒動の裏に枢機卿がいるとわかれば、反対する者――ラウルに根回しされた者も黙らせられるだろう」

ハーランド王国から追い出したところで、ナイジェル枢機卿は変わらない。

今後もクラウディアたちの敵となって現れるなら、こちらも体制を万全にする必要があった。

クラウディアも異論はないと頷く。

甘い雰囲気は微塵もないけれど二人の間には信頼があった。

と思っていたら手を取られ、指先に口付けが落とされる。

「ようやく私の念願が叶う」

「私情でしたの?」

「最善と私欲が合致したまでだ」

悪びれないシルヴェスターにクラウディアも声を出して笑った。

どんな状況下でも変わらない様子に安心感を覚える。

また伸びたナイジェル枢機卿の手に、不安がないわけではなかった。

けれどシルヴェスターが傍にいてくれれば、これからも乗り越えていける。

そんな確信があった。