軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

55.悪役令嬢はもう一人の悪役令嬢を迎える

貴族街に隣接する森林公園の一角で、クラウディアとシルヴェスターは成り行きを見守っていた。

「老齢の侍従が言っていたことは本当だったようだな」

「またあの人なのですね」

ナイジェル枢機卿。

ベンディン家をも操り、裏で糸を引いていた人物。

二人にとっての仇敵だ。

情報を知りすぎているニナを殺すため、枢機卿から刺客が送られることはダートンから聞かされていた。

「どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのだ」

シルヴェスターの声に苦々しい思いが滲む。

しかし今はニナを助けるのが先決だった。

ダートンは彼女のため、命を懸けて戦うと誓ったのだから。

彼から話を持ちかけられたのはニナの軟禁が決まってからだった。

見張りの騎士を通し、ナイジェル枢機卿に関する情報があると伝えられたのだ。

ダートンは、ニナが枢機卿から英才教育を受けてきたことを語った。

枢機卿のやり口に精通しているため、ニナがハーランド王国の手に落ちるなら口封じされるとも。

真偽は刺客の出現によって見極めることで話は決まった。

更に。

「私の命を懸けることで証明させていただきたい」

それだけクラウディアとシルヴェスターを信じているのだと、ダートンはニナを託した。

あなたたちなら未来を切り開けると。

そして彼の言葉通りに刺客は現れた。

気になることがあったものの、シルヴェスターは潜伏させていた兵を動かす。

教えられた出口に現れたニナは、煤とホコリにまみれていた。

彼女が最初に望んだのは。

「お願い……お願いっ、ダートンを助けて!」

涙ながらの叫びに、二人の絆を知る。

「大丈夫よ。わたくしたちはあなたたちを助けるためにいるのだから」

「え……?」

状況を呑み込めないニナの元へ、騎士に連れられたダートンが姿を見せる。

ニナは躊躇わずダートンへ抱き付いた。

「助けがあるなら最初から言いなさいよ!」

「申し訳ありません。クラウディア様が動いてくださる確証はありませんでしたので」

ダートンはニナだけでなく自分も助けられたことに驚いていた。

自分が命を懸けることで、クラウディアたちの信頼を得られると考えていたからだ。

けれどクラウディアには刺客が現れただけで十分だった。

ニナがダートンを見上げる。

「どうしてわたくしにそこまでしてくれるの」

「私は自分にできることをしているまででございます」

「答えになってないわよ!」

「大切だからでございます。私のレディー」

抱き付くニナの体を離し、ダートンは慇懃に礼をする。

「私に、人の心を取り戻させてくださった方をお守りしたかった次第です」

落ち着きを取り戻す二人を見て、クラウディアは気になっていたことを訊ねる。

「ニナはベンディン家当主に脅されていたのよね? 枢機卿なら同じ手段でニナを脅すのではなくて?」

刺客を向けてまでニナを消そうとする理由がわからなかった。

これにはニナが答える。

「脅されていたのは事実だけれど、真実ではないの」

苦笑する濃紺の瞳は悲しみに溢れていた。

「わたくしの家族は、とっくの昔に当主によって殺されているのよ」

「何ですって?」

「わたくしが知ったのは偶然……ではないわね」

ニナがダートンを見上げる。

「これがあの方のやり方です」

「そうよね、わたくしの存在を当主に教えたのも枢機卿よね」

ダートンの言葉に、ニナは固く目を閉じる。

「全て、お話するわ」

◆◆◆◆◆◆

大使館へ戻り、三人で席に着く。

ダートンはニナの後ろに控えることを譲らなかった。

「当主は、わたくしがニアミリアに成り代わる対価として家族の安全を保証したけれど、それは履行されなかったの」

ニナが家を離れてすぐに、父も母も、幼い弟でさえも殺された。

真実を知ったのは、当主から命じられた工作活動に従事していたときだった。

実家近くを訪れる機会があり、ダートンにお願いして家族の様子を見に行ったのだ。

はやる気持ちを抑え、向かった先に家族はいなかった。

当然だ、家族は安全な場所に引っ越したのだから。

勘違いして先走った自分が恥ずかしい。

今度は間違えないように引っ越し先を確かめるため聞き込みを試みたが、近所に住む人の顔も代わっており途方に暮れた。

そこで小さいながらも教会があったことを思いだす。

修道者は高位の役職に就かない限り、住む場所を替えない。

有力家族であるベンディン家が関わった一家についても知っている可能性が高いと踏んだ。

「わたくしの予想は当たったわ。最悪な形でね」

修道者はニナの一家のことを覚えていた。

一家殺人事件の被害者として。

思考はベンディン家当主への怨嗟に埋め尽くされた。

今すぐにでも殺してやると。

光を失い、闇に堕ちたところに現れたのがナイジェル枢機卿だった。

枢機卿は、「死」は万人に与えられた必然だと語り、ニナに手を差し伸べた。

「生きているからこそ人は地獄を味わうのです」

不思議と優しい笑みから目を逸らせなかった。

碧眼に同情心が一切なかったからだろう。

「哀しいことに、この世では弱き者が強き者に抗うことはできません」

人に限らず、それが自然の摂理だと。

だから強くなりなさいと願われた。

「その日からわたくしは野望を抱くようになったわ。当主より強くなって、あの男に生きながらの地獄を見せてやろうと」

今から思えば、全てナイジェル枢機卿の手の平で転がされただけだった。

「ハーランド王国の王太子妃になれば、当主以上の権力を手にできるわ。失敗してもベンディン家の企みであったことを公にして失脚させられると思ったの」

それがベンディン家当主への復讐になるとニナは信じて疑わなかった。

だから失敗に備えてベンディン家に繋がる証拠が確実に残るよう仕組んだという。

「枢機卿に命じられた中で一番大きな案件だったから、成功しなければ命はないと覚悟していたわ。事前に毒を盛って夫人を殺したのはわたくしよ。彼女がいると嫁に出ることはできなかったから」

ずっと娘が傍にいることを願い続けた哀れな母親。

夫人が亡くなっただけでも当主は憔悴したが、ニナの恨みは消えなかった。

「あなたたちがベンディン家の企てだと突き止めてくれたことで、わたくしの望みは叶ったわ。だから思い残すことはなかったのだけれど」

ニナがダートンを振り返る。

「わたくしに生きろと言うなら、あなたも一蓮托生よ」

「おおせのままに」

再度クラウディアたちへ向けられた濃紺の瞳には決意があった。