作品タイトル不明
53.もう一人の悪役令嬢は狼狽する
教会には人材を確保するため修道者を教育するノウハウがある。
それも修道者の特質に合わせて多岐にわたった。
「パルテ王国内で、誰でも学べる場所といったら修道院しかないわ」
「だから私が修道者であると?」
「少なくとも枢機卿とは繋がっているでしょう? 今回のこともあの方の計画なのだから」
ベンディン家当主が戦争は起きないと確信しているのは、教会――ナイジェル枢機卿と繋がりが深いからだった。
仮に戦争が勃発しても教会が仲介役となり、ことを収めてくれると信じている。
「当主はいいように教会を使っているつもりでしょうけど、その実、枢機卿の手の平で転がされているだけだもの」
ニナをシルヴェスターの婚約者に据えようとしたのも、このタイミングなら上手くいくとナイジェル枢機卿に唆されたからだ。
「よくお気づきになられましたな。あの方が目をかけられるわけです」
「あなたを執事にと持ちかけたのも枢機卿でしょう? 汚れ仕事を一手に引き受けてくれる者がいるって。ニアミリアとそっくりなわたくしが紛争地帯にいると情報を渡したのも」
ベンディン家の傍には、常にナイジェル枢機卿の影があった。
「当主様からお聞きになられたのですか?」
「あなたの目を盗んで聞き出すのには苦労したわ」
最初はベンディン家当主しか見えていなかったニナも、ことを追うごとにナイジェル枢機卿の存在を無視できなくなった。当主も所詮、自分と同じ操り人形だったのだ。
そしてダートンはナイジェル枢機卿から派遣された当主のお目付役だった。
「普通の令嬢が受けない訓練を組んだのも枢機卿からの指示?」
「簡単に死なれては困りますから」
有力家族の令嬢ともなれば、国民全員に実施されている訓練のほとんどが免除される。
しかしニナは野戦での過ごし方や、人心掌握の術など色んなことを教え込まれていた。
「ニナ様、あなたは優秀な方です。あなたの働きには、あの方も喜んでおられました」
「色々やらされたものね」
当主を通して、ナイジェル枢機卿の命令がニナには下りていた。
お目付役のダートンがいるからか内情に迫った仕事も任せられた。
そのたび、こうして手駒を増やしていくのかと戦慄したものだ。
ダートンの無骨な手が、ニナの頬に触れる。年老いてもなお、人の首を簡単に握り潰せる手だった。
見上げた青い瞳にいつもと違う色が宿っているのを感じ、ニナはそっと目を閉じた。
「……」
静寂に、珍しく緊張する。
頬から肩に置かれた手が次はどこへ移動するのか。
考えるだけで口から心臓が飛び出しそうだった。
次に得られた感触が予想外のところで、ついニナは目を開ける。
「ダートン?」
「ここに、私、ダートンはニナ様に忠誠を誓います」
床へ伏せるように跪いたダートンが、ニナの足の甲へ口付けていた。
「何をしているの?」
「言葉のままでございます」
立ち上がったダートンは部屋に備え付けられていたレンガ造りの暖炉へ向かう。
火かき棒を握ると、レンガの一つを押し込んだ。
ガコッと重たい音が暖炉の奥から響く。
「ニナ様はまだお若い。やり直す機会はいくらでもあります」
「急に、何よ」
「生きてください」
ダートンが自分を逃がそうとしているのはわかった。
けれど彼の考えが理解できない。
「あなたはどうする気?」
「私はここに残って、あの方からの刺客と戦います」
「どうしてよ!?」
「ニナ様ならおわかりになるはずです。あの方が誰も信用なさらないことを」
こうしてダートンが裏切るのも可能性の一つとして予見している。
その場合の保険として、必ずニナを屠れるよう刺客を送り込んでいても不思議ではない。
「そしてあの方は、ニナ様がただ当主の言いなりになっているだけではないことを看破しておられます」
計画に失敗したニナは、最早ナイジェル枢機卿にとって邪魔者でしかなかった。
良いように使っていた分、ナイジェル枢機卿のやり方に精通しているからだ。
ハーランド王国の手に落ちる危険があるなら消そうとする。
「だったら一緒に逃げればいいじゃない!」
わたくしに忠誠を誓うなら! とニナは叫ぶ。
しかし否定されることがわかっていたからか、喉がヒリついて声量が出ない。
「ここに私たちの姿がないとわかった瞬間、増援を呼ばれてしまいます。誰かが残って口封じし、時間を稼ぐ必要があります」
「わたくしも一緒に――」
戦う、と言おうとした瞬間、不自然な物音が壁越しに響く。
「あなたを庇っていては、私の全力が出せません」
腕を掴まれ、暖炉のほうへ投げられる。
いくら特殊な訓練を受けていようが、ダートンにとって自分が足手まといなのは否定できない。
だとしても。
(今更、一人で生きて何になると言うの?)