軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

52.もう一人の悪役令嬢は現実と向き合う

大使館に軟禁され、三日が経った。

処遇が決まるまでは自室から出ることも許されない。

部屋の外には見張りの騎士が絶えず立っている。

老齢の侍従であるダートンだけが、世話をするために行き来を許された。

それも部屋を出れば騎士が付いて回るのだが。

夜になり、あとどれだけ無為な時間を過ごせばいいのかとニナは窓から外を見る。

パーティー会場となっていた庭にも騎士の姿があった。

「全てはベンディン家当主の企みだと信じてくれたかしら?」

「嘘ではありませんからな」

「そうね、嘘は話してないわ」

クラウディアたちに語ったことは本当にあった出来事である。

だが隠された真実もあった。

緩くクセのある赤い髪を指先で弄ぶ。

すぐに切り出せず、まだ恥じらう心が残っていたのかとニナは自分を嘲った。

顔を上げると、白髪交じりの頭が目に留まる。

(あの人と一緒だわ)

ダートンは黒髪だ。いくら白髪が増えても金髪と比べれば鮮やかさは劣る。

けれどニナには共通項のように感じられた。

(一緒だけど、ダートンとあの人は違う)

胸に去来する思いに何と名前を付ければいいのかわからない。

あの人を目の前にしたときにあるのは「恐怖」だった。

「そんなに凝視されては穴が開いてしまいます」

「ダートンに限ってあり得ないわね」

気弱さとは無縁の人が、と続ければ静かな笑みが返ってくる。

穏やかな時間だった。

衣擦れの音さえ耳に心地良く届く。

少し大きくなった心臓のリズムを感じながら、ニナは口を開いた。

「ねぇ、ダートン、わたくしを女にしてくださらない?」

「藪から棒にどうされました?」

「知っているでしょう? いくらでも機会はあったはずなのに、わたくしがまだ男を経験していないことは」

サスリール辺境伯の子息のときもそうだった。

(別に貞操を守っているわけではないのに、ドレスティンは前戯で満足して寝るし)

そのわりにホクロの位置だけはしっかり覚えているなんて反則だろう。

「ニナ様は男性を操るのがお上手ですからな」

「あなたを除いてね」

「私はもう枯れておりますから」

「どうだか。小娘に興味がないだけでしょう?」

風の噂で女性の扱いに慣れているのは知っている。

「いいじゃない、最期の望みくらい叶えてくれたって」

だから勇気を出したのだ。

血管が浮かぶダートンの手に触れる。

「わたくしは死ぬのでしょう?」

ごつごつとした苦労人の手。

ニナは切り傷の痕が残るこの手が好きだった。

そっと太い指を持ち上げて指を絡ませる。

「あなたに殺されるのなら本望だわ」

気付いていないと思って? とニナはダートンに向かって笑った。

「計画が失敗したときの口封じのために、あなたはここにいるのでしょう? わたくしは色々と知り過ぎているものね」

青い瞳を見上げる。

その奥に、碧眼の人物がいることをニナは知っていた。

執事と同じロマンスグレーのおじさま。誰よりも優しく、残酷な人。

この世は弱肉強食だと教えてくれた人。

「わたくしにだって考える頭はあるのよ?」

ベンディン家当主は、自分を人形のような道具にしか思っていなくとも。

「いくら優秀だからといって、戦士が教養もなく執事になれるわけがないじゃない」

パルテ王国において、優秀な戦士を雇い入れるのはよくある話だった。

その場合、配属先は決まって戦いに即した地位だ。

何せ戦場のプロを雇うのだから。

「傭兵として戦場を渡り歩いていたあなたが、どこで教養を身に付けられたというの?」

ハーランド王国同様、パルテ王国にも一般人が通える学び舎はない。

有力家族の縁者なら家庭教師も付けられるだろうが、それなら傭兵にならず別の仕事に就いたはずだ。

全国民が戦士とうたうパルテ王国であっても、好き好んで戦場に飛び込む者はいない。

国民は戦うことしかできないから、仕方なく戦場に身を置いているのだ。

他の職業を選べるなら、そちらを選ぶ。

ではどうやって傭兵だったダートンは執事になったのか。

「修道院ならどんな人間でも受け入れてくれるものね」