作品タイトル不明
46.悪役令嬢は画策する
ざわめきの中、暗闇を照らす明かりだけが静寂を保っていた。
だが緩やかなクセのある黒髪が艶を見せると人々の声量も控えめになっていく。
女神を模した白いドレス。
強い意思を宿す青い瞳に、その場にいた全員が惹き付けられた。
まるで運命の審判を待つかのように。
目を見開いたまま固まるドレスティンに、今度はクラウディアが問うた。
「日が落ち、暗がりになる場所もあるかと思いますが、ドレスティン様を襲ったのはルイーゼ様で間違いありませんか?」
「ち、ちが……ボクを襲ったのはクラウディアで……き、キミが」
「わたくしが襲ったとおっしゃるの?」
それはあり得ないことだった。
サヴィル侯爵家の馬車から降りて会場入りしてから、クラウディアはずっとルイーゼに扮して人の目があるところにいたのだから。
挨拶し、歓談した人たちが証言してくれる。
どんどん信憑性のなくなっていくドレスティンの発言に、周囲からの目も疑いの色が濃くなっていった。
雰囲気を察したドレスティンは声を荒げる。
「本当だ! 間違いなくボクはクラウディアに襲われた! か、香りがしたんだ! 髪も長い黒髪だった!」
「どんな香りですの?」
「バラの香りだ! クラウディアがいつも着けているものだ。ボクの鼻は誤魔化せないぞ!」
「こちらですか?」
言いながらクラウディアは屈み、ドレスティンへ向かって扇をあおいだ。
香りが流れるとドレスティンは大きく頷く。
「そうだ、この」
「わたくしがいつも着けている香水ですわね。ですがルイーゼ様は着けておりませんことよ?」
周囲の子息令嬢たちと同じく困惑していたルイーゼが黒髪のウィッグを揺らしながら歩み出る。
「わたしが着けている香りは、わたしが愛用しているものです」
ルイーゼの香りは春先の公園を歩いているような、華やかでありつつも温かみが感じられるものだった。クラウディアのバラとわかる香りとは全く異なる。
シャワーでも浴びない限り、香りを着け替えるのが難しいことはこの場にいる全員が知っている。加えて互いに扮したクラウディアとルイーゼが簡単に身支度を整えられないことは一目瞭然だった。
到着してからの短時間では不可能だ。
「だが、ボクは確かに……」
「わたくしに扮した別人に襲われたのでしょう。似たような事件が他にもありましたから」
ウェンディがクラウディアを装って殺人を依頼した件は記憶に新しい。
そして、これでウェンディの他にもクラウディアの偽物がいたことが確定した。
「そんな……待ってくれ、ボクたちは」
まだ状況を整理できていない子息は目を白黒させる。
今度はクラウディアへ縋ろうとしたところで、穏やかな声が響いた。
「サスリール辺境伯子息は襲われてまだ錯乱しているのだろう。治療を優先して、まずは休むべきだ」
シルヴェスターが医者を伴って姿を現す。
白を基調とした装いが多いシルヴェスターだが、今夜は全身を黒で包んでいた。
前髪を上げたいつもと違うワイルドな雰囲気に令嬢たちから黄色い声が上がりかけるも、空気を読んで自粛される。
ドレスティンは医者へ預けられ、別室で休むこととなった。
その際シルヴェスターがドレスティンの耳元で何か囁いたことで、彼は完全に押し黙る。
「何をおっしゃったのです?」
「密約の証拠は挙がっていると伝えただけさ」
パルテ王国とサスリール辺境伯の間で結ばれた密約。
国に黙って交わされたそれは、反逆罪に問われる行為だ。
強制捜査の結果、サスリール辺境伯の元から書面が見つかったという。
「正確には、パルテ王国とではなくベンディン家と結ばれたようだがな」
話しながら動いたシルヴェスターの視線を追う。
その先には、表情を硬くするニアミリアの姿があった。