軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

45.侯爵令嬢は仮装舞踏会に参加する

夜、パルテ王国大使館はこれまでにない光に包まれていた。

業務優先だった無骨な佇まいは鳴りをひそめ、大使館一階は色とりどりの花と照明に彩られている。

天気に恵まれたこともあり、庭を含めた会場には十分な広さがあった。

パーティー会場としては申し分ないけれど光があるところには影もできる。

案内人の誘導に従いサヴィル侯爵家の馬車から降りるとき、メイン会場から外れる廊下の暗さが目に留まった。

(粗を探してしまうのは性格が悪いかしら)

今夜の装いを鑑みて意識を正す。

仮装していても手に馴染んだ扇だけは手放せなかった。

知り合いを捜すまでもなく、友人から声をかけられる。

「ルイーゼ様、ごきげんよう……?」

「ごきげんよう、あら、やはり似合ってないかしら?」

目が合うなり戸惑った反応を返されて視線が下がる。

(侍女たちはみんな褒めてくれたけれど、主人を褒めない使用人はいないものね)

仮装したのは寓話に登場する女神だ。

純白のベールは長く、床に落ちた裾が広がりを見せる。

真っ直ぐに落ちる金髪と合わせて神聖さを強調しようとしたのだけれど、仮装としては不十分のようだった。

少し無理をしたドレスが不格好に映っているのかもしれない。

「いいえっ、とてもよくお似合いです! 予想外の装いだったので驚いてしまいましたの」

「ふふ、折角だから思い切ったことをしようと考えまして」

「素敵なお考えです。このような場でないとできませんものね」

意図は通じたらしく、楽しんではもらえたようだ。

普通のパーティーではできない、仮装舞踏会だからできるお遊びだった。

完成度は横に置いて、反響が悪くなかったことに胸をなで下ろす。

一通り挨拶が終わったところで緩くクセのある長い黒髪を捜した。

「クラウディア様はまだいらしてないのかしら?」

「馬車をお見かけしましたので、到着はされていると思いますわ」

事前に到着時刻を合わせるよう相談していた。

しかし待っていてもクラウディアは姿を現さず首を傾げる。

(どうされたのかしら?)

アクシデントでもあったのだろうか。

仮装舞踏会はお互いはじめてなので、衣装に不備が出た可能性はある。

問題に見舞われていないことを祈ったところで、ぬっと現れた黒い巨体に悲鳴を上げそうになった。

目の前で燕尾服を着た熊が首を傾げる。

「ん? ルイーゼ嬢、かな?」

「ルイーゼ嬢で合っていますよ。うちの熊が驚かせてすみません」

くぐもった問いかけに答えたのは狩人の格好をしたレステーアだ。

自ずと熊の声の主が誰かわかる。

「い、いえ……ラウル様も思い切った仮装をされたのですね?」

仮装舞踏会には、動物のかぶりものをする人もいる。

だから発想は理解できた。

ただクオリティーが高過ぎて本物の熊が服を着て歩いているようにしか見えない。

「やるからにはインパクトの強いものが良いと思ったんだ。剥製を使ったおかげで満足のいく出来になったんだが、いかんせん視界が悪いのと息苦しいのが難点だな」

頭と毛皮は本物だった。

手は加えられているらしいが、息苦しいと聞いて心配になる。

「あまり無理をなさらないでくださいね」

「ああ、ある程度みなの反応を楽しめたら脱ぐよ」

頭と胴体は離れているので頭だけの着脱は難しくないという。

とはいえ重さがあるため補助は必須とのこと。

立っているときも、いつになくレステーアが甲斐甲斐しく寄り添っている。

面白さの代償は想像以上に大きそうだった。

ではまた後ほど、とゆっくり歩く熊を見送る。

その先で、よく知る赤毛を見つけた。

さらりと長い金髪を揺らしながら近付く。

「トリスタン様、ごきげんよう」

「あっ、ルイーゼ嬢……?」

純白のベールから微笑みを覗かせれば、ここでも戸惑われる。

鏡で確認したときには全体的にまとまっているように思えたけれど、人々の目には違和感が残るらしい。

それでもみな珍重してくれるので及第点だ。

美麗さを競う普通のパーティーでは味わえない感覚に気持ちが弾む。

これなら定期的に仮装舞踏会が開かれても良いとすら思えた。準備は大変だけれど。

「はい、ルイーゼです。驚かれました?」

「ええ、もうビックリです! そのような仮装をされるとは予想もしませんでした!」

満面の笑みで肯定され、こちらもつられて笑顔になる。

トリスタンのほうは騎士の礼服に、狼の尻尾と耳を着けた獣人姿だが、気さくな人柄のせいか犬にしか見えない。本人には言えないが。

「楽しんでいただけたなら嬉しいですわ」

「クラウディア嬢にはもう会われましたか?」

「それがまだなのです。早くご挨拶したいのですけれど」

「あれ? もう到着してるはずですけどね?」

「お庭のほうかしら?」

トリスタンもリンジー公爵家の馬車を見たという。

庭も開放されてスペースが確保されていても、部屋と部屋の壁は撤去できず会場には遮蔽物が目立つ。

室内にいると庭を見渡すことは困難だった。

「だとしても、いれば目立つと思うんですよね」

上級貴族の中でも最高位の家格にパーティーの主旨が加われば、平時のクラウディアを知らなくとも注目は集まる。

だというのに周囲を見回してもクラウディアは見当たらなかった。どこへ行ったのだろうと二人で頭をひねる。

捜しに行ったほうが良いだろうかと考えた矢先、悲鳴が耳に届いた。

「何だ!?」

すかさずトリスタンが反応し、悲鳴に向かって走る。自分もあとに続いた。

広間を出て、廊下を進んだところで人垣ができていた。

叫んだのは居合わせた令嬢のようだ。

「助けてくれ! クラウディア嬢に殺される……!」

中心から恐怖に震えた男の声が聞こえる。

トリスタンが人垣をかき分け、倒れていた男に駆け寄った。

男は頭から血を流していた。

「あなたはサスリール辺境伯の」

「お願いだ、助けてくれ!」

「すぐに医者の手配を! 大丈夫、傷は深くありませんよ」

手にも血がついていたのかドレスティンがトリスタンの礼服を汚す。

けれど見た目以上にケガは酷くないらしく、トリスタンは落ち着いていた。

そこへドレスティンの背後側からクラウディアが姿を見せる。

白い猫耳に猫の仮面を着けた姿だったものの、緩やかなクセのある黒髪は見間違えようがない。

普段と変わらないドレス姿だったのもあり、その場にいた誰もがクラウディアだと疑わなかった。

「どうかされましたの?」

「ひっ、アイツだ! あの女がボクを襲ったんだ……!」

ドレスティンがトリスタンに縋る。

余程の恐怖だったのか顔からは血の気が引き、全身が、がくがくと震えていた。

「あの女って」

「クラウディアだ! そこにいるだろう!? 早くアイツを捕まえてくれ!」

しまいにはドレスティンの目から涙が溢れる。

集まった子息令嬢たちはクラウディアとドレスティンの間で視線を行き来させ、困惑するばかりだ。

「何故、誰も動いてくれないんだ! クラウディアが公爵令嬢だからか!?」

「いや、あの」

ドレスティンが喚けば喚くほど、ざわめきは広がっていく。

頭を止血しながら、トリスタンは事実確認のために問いかけた。

「ドレスティン様がおっしゃっているのはルイーゼ嬢のことですか?」

「は? クラウディアだと言ってるだろう! あそこにいる!」

「すみません、わかりにくかったですね。クラウディア嬢に扮した、ルイーゼ嬢に襲われたってことで良いんでしょうか?」

「え? あ? 何を言ってるんだ?」

ドレスティンは状況を理解できていないようだった。

仕方ないと一歩前に出て、トリスタンと並ぶ。

「あそこにおられるのは、わたくしに扮したルイーゼ様ですわ」

そして本物のクラウディアはここにおります、と仮初めの侯爵令嬢は着けていた金髪のウィッグを外した。