作品タイトル不明
42.悪役令嬢は気付く
「わたくしを捕まえるために香水まで用意して変装されたのですか?」
「ええ、そうでもしないとあなたは捕まえられないもの」
「香水はどうやって入手されたのです?」
「あなたに言う必要はないわ」
「香水の調香をお願いしているマリリンの店が強盗に遭ったのはご存じですか」
「あなたっ……! マリリンのことまでわたくしの罪にする気!? どこまで非道なの!?」
ウェンディが怒りに身を震わせる。
これが演技なら大したものだ。
「関係がないなら手に入れた経緯をご説明いただけるのでは?」
「親切な方からいただいたのよ」
「怪しいと思われなかったのですか? わたくし専用の香水は、わたくしにしか購入できないというのに」
「正義のためよ! あなたの罪を明るみにし、断罪するため!」
「正義のためなら犯罪も厭わないと?」
「そうしなければ、あなたのような巨悪には立ち向かえないもの。でもね、あなたとは違って、わたくしたちのおこないは人を助けるのよ!」
――あぁ、やっぱり。
嫌な予感が的中したのを感じる。彼女一人の犯行ではなかった。
トーマス伯爵の事件でも実行犯が別にいたように、ウェンディは人を使うことしか知らない。
当然といえば当然のことだった。
ウェンディは、深窓の令嬢とうたわれていた根っからの貴族令嬢である。
逆行したクラウディアとは違うのだ。
それに今までの彼女は受け身だった。父親の言い付けを守り、クラウディアと距離を取るほどに。
けれど、あるときを境に行動が変わった。
きっかけがあったのだ。
正確には、きっかけをもたらした人物がいる。
侍女と距離を置いても頼れる相手が。
ウェンディが、「わたくしたち」と言ったその人物が。
(ウェンディ様を騙した)
嘘を吹き込み、考え方を変えさせた。
もっと悪いのは彼女を利用していることだ。
怒りと共に悲しみが湧いた。
カッと頭に上った熱が目頭に集中する。
(ウェンディ様は、逆行前のわたくしと一緒だわ)
人に乗せられ、罪を犯した自分と。
そして越えてはならない一線を越えた。
意図的にトーマス伯爵を殺害するよう仕向けられたという彼女の言い分は皮肉にも当たっている。
問題はクラウディアにではなく、彼女が信頼する相手に、ということだ。
(なんてこと……)
こんな酷い話があっていいのか。
彼女が持っている情報から、薄々、裏に誰かいると察してはいた。
ウェンディは未だにその人物との正義を、絆を信じているのだ。先ほどの考える素振りからも、ウェンディが余計な情報を口にしないよう気を付けているのは窺える。
(せめて相手の正体を突き止められるかしら)
クラウディアからすれば、その人物のほうが巨悪だった。放置はできない。
とりあえずウェンディと会話を続けることが重要だろうと話を振る。
もしかしたら弾みで情報が漏れるかもしれない。
「ウェンディ様がわたくしを捕まえたい理由は、パーティーでおっしゃっていた企てが全てですか?」
「そうよ、わたくしは知っているんですから!」
ウェンディが挙げていたのは犯罪ギルドの関わりと、アラカネル連合王国との結託だ。その流れで貴族派が強盗殺人に遭った事件もクラウディアの企みだと言っていた。
彼女の主張は変わっていない。
完全に破綻しているわけでもないのだ。それならと、彼女の考えを訊ねる。
「ニアミリア様が新たに婚約者候補として擁立されましたが、ウェンディ様は誰がシルヴェスター殿下の婚約者に相応しいとお考えですか?」
「あなたでないのは確かよ」
「わたくし以外なら誰でも良いのかしら?」
「……ルイーゼ様が順当でしょうね。シャーロット様の家では、議会を制御しきれないと思うわ」
「ニアミリア様はどうです?」
「パルテ王国がハーランド王国へ対し、何の貢献ができるというの? あなたへの不信感がなければ、ニアミリア様が擁立されることもなかったでしょう」
「ウェンディ様は、わたくしへの不信感から新たな婚約者候補が擁立されたとお考えなのね?」
「それ以外に理由があって? あなたが他に理由を求めているなら、現実から目を逸らしたいだけよ」
パルテ王国民の反感感情についてはウェンディの耳にも入っているはずだが、彼女は意に介していないようだ。
ウェンディの思考は、悪い意味でクラウディアを中心に回っている。
けれど、引っかかりを覚えた。
「ウェンディ様はどうなのですか?」
「質問の意図がわかりませんわ」
「シルヴェスター殿下の婚約者として相応しいのではなくて? ロイド侯爵家なら議会も制御できるでしょう?」
比較的に歴史の浅いシャーロットの家とは違い、ウェンディとルイーゼの家格は同等だ。
ルイーゼが候補に挙がるなら、ウェンディも挙がって然るべきである。
何故彼女は自分を候補に入れないのか、それが引っかかった。
目に見えてウェンディが口ごもる。
その表情には見覚えがあった。
「わ、わたくしは……」
「ウェンディ様の正義は、国を思ってのことでしょう?」
「そうよっ、国をあなたの良いようにはさせないわ!」
「ならばウェンディ様が婚約者になられるのが一番ではなくて?」
「……」
視線を落としたウェンディは膝に乗せた手を握り締める。
婚約者になれない理由があるのか、なりたくないのか。
自分を候補に挙げないのは、このどちらかだ。
ふと、ウェンディの胸元を飾るスミレのブローチに目が留まった。
自身の手入れもままならない状況の中で、ブローチだけが新品同然に輝いている。
(とても大事にされているのね)
警ら隊の施設に侍女は連れていけない。身の回りのことは全て自分でする必要があった。
くたびれて見えるのは人の手を借りられないせいもあるだろう。
そんな慣れない環境の中で、ブローチだけは綺麗に磨かれている。
思いだせばパーティーでもお茶会でも、ウェンディは同じブローチを着けていた。
(きっと誰かからの贈り物だわ)
自分で購入した可能性もあるけれど。
「素敵なブローチですわね」
「っ、これが、何か!?」
「綺麗だなと思っただけですわ。ウェンディ様によく似合っておいでです。贈られた方はとても良いセンスをされているのね」
扇を揺らし、ニコリと微笑む。
さも意味ありげな表情を作るのは得意だった。
気の強さを窺わせる容姿のおかげで、わざと優しい表情を作るだけでそれができあがる。
ウェンディは簡単に引っかかった。
「ヒューベルトに何をしたの!?」
勝手にクラウディアの思惑を想像して激高する。
勢い良く立ち上がったせいで手枷に繋がった鎖がガチャガチャと硬質な音を立てた。
重みに引っ張られて痛いだろうにウェンディは意に介しない。
「彼に少しでも危害を加えたら許さないわよ!」
顔にシワを作り、歯を剥き出しにして咆哮する。
警ら隊員がウェンディの肩を押して椅子に座らせるが、元から十分な距離が取られているので脅威はなかった。
クラウディアは驚きよりも、切なさに胸を締め付けられる。
「ヒューベルトを愛しているのね」
「うるさい、うるさい、うるさい! あなたが彼の名前を口にしないで!」
警ら隊に押さえ付けられながらも、ウェンディはブローチと同じスミレ色の髪を振り乱す。
何故、自分を婚約者に挙げないのか。
何故、ブローチだけが綺麗に磨かれているのか。
何より見覚えのあるウェンディの表情が思い人の存在を物語っていた。
(トリスタン様とのことを話すルーと一緒だったもの)
ふしだらだと自分を語っていたルイーゼとは罪の意識に雲泥の差があるけれど。
王太子の婚約者候補でありながら、他の人を好きになったのは同じだった。
感情を露わにするウェンディを見た警ら隊員が判断を下す。
「リンジー公爵令嬢、申し訳ありませんが、これ以上の面会は続行不可能と存じます」
「わかりました。失礼させていただきますわ」
辞するクラウディアの背中にウェンディが叫ぶ。
「ヒューベルトに手を出せば、あなた自身の首を絞めることになるわよ! 彼は凄い人なんだから! 彼こそが正義なの!」
それにクラウディアが答えることはなかった。
ただウェンディが何としても彼を守りたいことだけは伝わった。