軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

38.悪役令嬢は犯人を知る

「クラウディア様、紅茶が入りました」

「ありがとう」

爽やかな香りに鼻腔をくすぐられる。

手の中でさざ波を立てる 紅(くれない) の水面は、数多の宝石より気持ちを安らげてくれた。

軽く湯気を吸い込むだけで視界が明瞭になる。

どれだけ社交界で噂が立っていても自室の様子は変わらない。

高級な調度品は、毎日侍女が磨いてくれるおかげでホコリ一つなく。

花瓶に飾られた花や窓から見える庭園が季節の移り変わりを教えてくれる。

どこを見ても手抜かりはなく品位が保たれていた。

(わたくしは恵まれているわ)

富と権力。

限られた者しか手にできないものを持っていることを再認識する。

敵対者が手段を選ばないのもその代償か。

敵対する理由は人によってそれぞれだけれど。

「噂が終息する気配はないわね」

一番大きい声はウェンディのものだった。

実行犯が証言してからは、それ見たことかとクラウディアを糾弾し続けている。

「クラウディア様にはアリバイがありますのに」

「公にできないアリバイがね」

実行犯が依頼を受けた日時には、ローズとしてルキから報告を受けていた。

証明しようとすれば、実際にクラウディアが犯罪ギルドと関係があることを公表しなければならない。

「第一に実行犯はローズガーデンの構成員ではないのよね」

この時点でウェンディの主張とは齟齬が発生している。

犯罪ギルドに横の繋がりはなく、他の組織とは対立関係にある。

事情に精通している者からすれば、実行犯が他勢力の構成員である時点で、クラウディアの陰謀とは言えないのだ。

「ちぐはぐだわ。噂とはそういうもの、と言ってしまえばそれまでだけれど」

最早ウェンディからは完全に距離を置かれ、直接話を訊くことはできなかった。

貴族派のお茶会に出席したシャーロットですら取り付く島もなかったという。

「あくまで噂の域に留まっているのは、みなさんもウェンディ様のお話を全て信じているわけでないからでしょう」

「実行犯の証言は明らかに作為的だもの」

ここでも一貫性のない状況が起きていた。

噂の中でクラウディアは裏で犯罪ギルドを牛耳っている狡猾な人物として語られ、実行犯の証言では家の紋章入りのハンカチを落とすという間抜けな一面を見せている。

狡猾な人間は、自分に繋がる証拠を残したりしない。

噂は広がっていても、真実クラウディアを疑っている人はほとんどいなかった。

(何故か陰謀論って人気があるのよね)

隠された真実を自分だけが知っている気になれるからだろうか。

確かなのは、みな面白そうな話題で遊んでいるだけということだ。名誉を傷つけるような一線を越えない限り、リンジー公爵家も静観している。

ただウェンディだけは目に余るものがあり、ロイド侯爵家に対して抗議文を送っていた。

「ウェンディ様にはロイド侯爵も手を焼いているようね」

「侯爵家の侍女から聞いたんですけど、現在ウェンディ様は外出を禁じられているそうです」

今までは父親のほうが娘にクラウディアと距離を取るよう言っていた。

学園にて貴族派の女生徒が 異母妹(フェルミナ) と共に罪を犯した件で、貴族派が反感を買ったためだ。

貴族派の中でもシャーロットとウェンディは立ち位置が異なり、ロイド侯爵はクラウディアと接触を避けることを選んだ。

そんな父親ですら、娘のおこないには行き過ぎを感じているのである。

「ウェンディ様の変わりようも話題ですから、ロイド侯爵も気が気でないと思います」

下手をすると婚約者候補からも外されかねない。

令嬢とその家にとって、王太子の婚約者候補に選ばれることは名誉だった。

婚約者になれなくとも王家から実力を認められた事実に違いはなく、その恩恵は決して少なくない。だが途中で外されたとなれば、プラスで働いていたものが全てマイナスに変わる。

聞き分けの良かった娘の思いも寄らない反抗に父親としても侯爵家当主としても頭が痛いだろう。

「ウェンディ様の件は残念ですが、きっと長続きしませんよ。侍女たちですら不満を溜めていますから、あの方に求心力はありません」

世間話という体で侍女たちは情報交換を欠かさない。

より良い職場探しや、主人の要望に応えるためなど理由は様々だ。

もちろん守秘義務に反しない範囲だが、主人の人となりなどは自然と伝わってくる。

クラウディアの脳裏には王城で開催されたお茶会でのことが浮かんでいた。

足を痛めた侍女に、ウェンディは見向きもしなかった。

「昔から、というわけではないわよね?」

「はい、今年に入ってからでしょうか? 次第に距離ができていったようで、今では傍で控えるのも許してもらえないとか」

もしかしたら、その時期に何かあったのだろうか。

「詳しく訊いておきますか?」

「お願いするわ。何をきっかけに人が変わってしまったのかわかるかもしれないから」

お任せください、と胸を叩くヘレンが頼もしい。

貴族派のことを探るには時間がかかるとシルヴェスターは言っていたけれど、案外身近なところから情報が見つかりそうだった。

(侍女様々ね)

逆行してからクラウディアが蔑ろにしたことはないけれど貴族にとって使用人は空気と同じだった。

時にはいないものとして扱われるほどだ。

案外それが盲点になっていることもあるかもしれない。

ヘレンの予言が当たったのか、ほどなくして実行犯の依頼主――クラウディアを装った犯人が判明する。

これはローズガーデンが捜査に協力した結果でもあったが、社交界はより一層慌ただしくなった。

犯人の正体は、ウェンディ・ロイド。

クラウディアの陰謀論を説いた、その人だった。