作品タイトル不明
37.悪役令嬢は自室で目を覚ます
ぼんやりと目が覚めた先に見慣れた天井がある。
シルヴェスターは引き続き元ホスキンス伯爵領にて情報整理をおこなうが、クラウディアは一足先に王都へ帰ってきていた。
考えることがたくさんあったせいか目覚めが良いとは言えない。
サスリール辺境伯領の視察で得られた情報は驚くべきものだった。
(わたくしの偽物が暗躍していたなんて)
サスリール辺境伯の子息ドレスティンは、ニアミリアがシルヴェスターの婚約者になると確信していた。
ブライアンが見抜いた通り、戦争の準備がされていなかったのはそのためだ。
これにはドレスティン一人が唆されただけでなく、サスリール辺境伯も動き、パルテ王国側――ベンディン家と密約を交わしている可能性が高い。
(ドレスティンは、偽クラウディアとベンディン家が手を組めばと言っていたけれど、間にサスリール辺境伯が入っていることは大いに考えられるわ)
現にサスリール辺境伯は商人ギルドへ圧力をかけ情報統制をおこなっていた。
ベンディン家に関わることは全て伏せられるように。
これはクラウディアがドレスティンと対峙している間、ブライアンが商人たちから断片的に訊きだした情報だ。
仮面舞踏会に参加していた商人はみな有力者だった。彼らが一堂に会する場を支部はブライアンへ提供し、圧力に屈するしかなかったことを本部へ釈明したのである。
相手が有力者だけあってブライアンでも核心には触れられなかったが、この情報はシルヴェスターにも渡っている。おかげでパルテ王国と併せて、こちらの件も捜査されることが決まった。
(あとはルキからの報告ね)
王都へ戻るなり、クラウディアは不在時の出来事について聞かされた。
二つの件が繋がっているかはわからないが留意しておくべきだろう。
溜息をつきたくなったところで、ヘレンが起こしにやって来る。
「もう起きてらしたんですか」
「自然と目が覚めてね。どうかしたの?」
何となく、ヘレンの表情が浮かない気がした。
「朝から聞くには気が滅入ると思いますが、また事件がありました」
「事件って、何があったの?」
「貧民街でトーマス伯爵のご遺体が発見されました」
「何ですって!?」
トーマス伯爵は、王族派の重鎮として知られている人だ。
リンジー公爵家をよく思っておらず、パルテ王国の使節団を迎えるパーティーではウェンディに便乗していた。
「事件ということは、自然死ではないのね?」
「はい、襲われた形跡があり、警ら隊は殺人事件として捜査をはじめたようです」
娼館帰りに貴族が強盗殺人に遭った事件から三か月といったところだろうか。
こうも短期間に事件が起こるのははじめてだった。
(貴族派の次は王族派? 娼婦時代なら死は身近だったけれど)
胸にどんよりとしたものが広がる。
黒い靄が心臓にまとわりつき、体を重くさせた。
まるでそれが予兆であったかのように、事件が周知されるにつれ、クラウディアが黒幕だという噂がまことしやかに囁かれはじめる。
亡くなった貴族はどちらもリンジー公爵家の敵対勢力であり、二人がいなくなることで一番得をするのはクラウディアだと。トーマス伯爵に至っては、ニアミリアを婚約者候補として迎えるにあたり前向きでもあった。
そこへウェンディが主張していた、クラウディアが犯罪ギルドを良いように操っているという陰謀説が加わる。
事実無根であることは言うまでもない。間もなく実行犯が捕らえられたが、自白を得られると噂は真実味を帯びていった。
実行犯は依頼であったことを訴え、語られた依頼主の人物像は、緩やかなクセのある長い黒髪にバラの香りがする高貴な女性、とクラウディアを彷彿とさせるものだったのだ。
極めつけに、女性が落としたハンカチにはリンジー公爵家の紋章が施されていたという。
(偽装してまで、わたくしを陥れたい者がいるのは確かだわ)
サスリール辺境伯領でも偽クラウディアの存在を知ったばかりである。
(ここでも、わたくしの香水が使われているのね)
自分にしか入手できないはずの香水を、犯人はどうやって手に入れたのか。
真っ先に思い浮かぶのは、強盗に入られたマリリンの店だ。
強盗犯は香水に使われる高価な原材料には目もくれず、金製品など金目のものとわかるものだけを盗んでいたため香水の知識はないものとされていたが――。
(もしそれすらも偽装だったとしたら?)
真の目的はクラウディア専用の香水にあったとしたらどうだろう。
現物がなくても、レシピがあれば再現は可能だ。
(どれほど前から計画されていたの?)
一日二日でできることではない。
計画の規模を考えると憂鬱さから机に突っ伏したくなる。
それを食い止めてくれたのはヘレンだった。