作品タイトル不明
35.年上の婚約者候補は憤る
(あんなにやせ細って……! どうしてこんな酷いことができるの)
信じられなかった。
完璧な淑女。
社交界では、みながクラウディアをお手本にしたがった。
ウェンディも、クラウディアと比べて至らない自分が悔しかった。妬みを覚えたことさえある。
だというのに。
(人々に囲まれ、美しい笑みを絶やさない人が、裏では非道の限りを尽くしていたなんて)
完璧な淑女は存在しなかった。それどころか人として凶悪な存在だった。
恐ろしさで震える体をヒューベルトが支えてくれる。
「やはりウェンディ様にはお見せするべきではなかったかもしれません。こんなに怖がられて」
「いいえ、いいえ……知れて良かったのです。わたくしは自分の無知が恥ずかしい……」
「恥ずかしくなんかありません! ウェンディ様は尊き人です。本来なら犯罪とは無縁であるべき方なのに、自分が頼ってしまったばかりに」
「わたくしが頼るよう言ったのです。ヒューベルトは何も悪くありません」
むしろ危険を顧みず奴隷を助け出したヒューベルトは英雄だ。
ことが明るみになれば、国王陛下の目にも留まるかもしれない。
「しかし結局リンジー公爵令嬢に繋がる証拠は見つかりませんでした」
「奴隷にされた方々の証言だけでは不十分なのですか?」
「捕まえられても実行犯だけでしょう。それに……」
奴隷を助けたことで、ウェンディには何かしら好転したように思えていた。
けれどヒューベルトの表情はどんどん暗くなっていく。
「どうしたのです? もし寄付が足りないなら」
「いえ、寄付は多いくらいで感謝の言葉もありません。だからこそ自分が情けない……っ」
「何をおっしゃいます、ヒューベルトが情けないことなんて」
「ウェンディ様、自分はウェンディ様に打ち明けねばならないことがあります」
眉根を寄せ、心の痛みに耐えるヒューベルトを見ていられず手を握る。
少しでも彼の苦悩を取り除いてあげたかった。
「自分は、罪を犯しました」
「罪、とは?」
「挙げたらキリがありません。情報を得るために不法侵入をしたり、人を騙したことさえあります」
「けれど、それは奴隷にされた人々を助けるためでしょう?」
「はい、巨悪に立ち向かうには、手段を選んではいられなかったんです」
ヒューベルトのおこないは褒められるべきことではない。
だとしても彼が法を破ったおかげで、目の前にいる子どもは助けられたのだ。
ウェンディには、これが罪にあたるとは思えなかった。
「もしかしたら法務官は情状酌量の余地があると判断してくれるかもしれませんが、相手は枢機卿を罷免にできるほどの権力の持ち主です。生半可な証拠では、自分の罪を理由に信憑性がないと棄却されるでしょう」
たとえ助け出された人が目の前にいても無駄です、とヒューベルトは権力の怖さを語る。
真実をねじ曲げる力があるのだと。
ウェンディは侯爵令嬢だ。
貴族として、生まれたときから権力と共にあった。だからこそ憤りで頭が熱くなる。
「正しく使われるべきものなのに……っ」
「悪用する貴族がいることは、ウェンディ様の耳にも届いていると思います。今回は最も質の悪いケースでしょう。そしてこの巨悪に立ち向かうため、これからも自分は罪を重ねると思います」
「わたくしが証言します! 正義はヒューベルトにあることを!」
本当の悪は誰なのか。
決して彼女の良いようにはさせない。
「ありがとうございます。自分が頼れるのはウェンディ様しかいません」
抱き締められ、ウェンディもヒューベルトの背中へ腕を回す。
彼を助けたい、彼の力になりたい一心で。
「自分が恐れているのは、このままリンジー公爵令嬢が王太子殿下の婚約者になることです」
言われてハッとする。
婚約者候補の中で、誰が一番有力かは周知の事実だった。