作品タイトル不明
34.年上の婚約者候補は再会を果たす
初夏、避暑地として人気の都市には、ウェンディの他にもたくさんの貴族が訪れていた。
(これならわたくしがいても怪しまれないわ)
ホテルに滞在していると、ヒューベルトから人を介して新たな連絡が届く。
指定されたのは近くにある教会の懺悔室だった。
教会には修道者に苦悩を打ち明ける個室があり、そこへは当事者しか入れない。
どうするのかと個室で待つ中、修道者と来客を隔てる衝立が動く。本来なら互いの安全を守るために固定されているものだ。
衝立の先に立っていたのは修道服に身を包んだヒューベルトだった。
衝動のまま立ち上がった瞬間、力強い腕に抱かれる。
「無礼をお許しください」
熱のこもった声に心臓が高鳴った。
父親以外の男性に抱き締められたのは、これがはじめてだ。
どれだけ互いの体温を感じていただろう。
どこかぼんやりとする頭でヒューベルトを見上げれば苦笑が返ってきた。
「そのような表情を向けられると、自分を抑えられる自信がありません」
言いながら耳朶に口付けられ、カッと全身が赤く染まる。
ヒューベルトが修道服に身を包んでいるのも背徳心を煽った。
「あ、あのっ」
「すみません、ウェンディ様にお会いできたのが嬉しくて先走ってしまいました。ブローチもよく似合っています」
ヒューベルトの視線が胸に着けたスミレのブローチへと注がれる。
手紙と一緒に贈られたブローチを、ウェンディはずっと着けていた。
「これがあるとあなたを思いだせて……って、わたくしったら何を言ってるのかしら」
「ははは、気に入っていただけたなら本望です」
つい思ったことをそのまま口にしてしまった。
恥ずかしさに体を小さくしながら着席する。
離れてしまう体温に寂しさを感じたものの口にする勇気はない。
「長居していると怪しまれますので本題に入らせていただきます」
ヒューベルトの真剣な表情に、ウェンディも居住まいを正す。
「これから自分は仲間と奴隷を助けに行きます」
「危険は」
ないのですか、と言い切る前に、質問の愚かさに気付いた。彼がずっと隠れて行動している理由を知っているだろうに。
(わたくしは、どうしてこうなのかしら)
俯くウェンディの手を、ヒューベルトが握る。
「心配してくださって、ありがとうございます。危険はもちろんあります。けれど自分は彼らを見捨てられません」
視線を上げた先で、真摯な瞳とぶつかった。
冒険に彩られたヒューベルトの半生は、彼の勇気の表れなのだと今更ながらに理解する。
自分はこのままで良いのだろうか。
また涙を流して祈るだけの日々を過ごすのか。
答えは、すぐに出た。
「ヒューベルト、わたくしにも手伝わせてください」
「なりません。危険過ぎます」
「ですが、その危険なことをヒューベルトはするのでしょう?」
「ウェンディ様を巻き込むわけにはいきません」
「いいえ、巻き込んでください。わたくしを頼ってください!」
はじめて打ち明けてくれたときのように。
「ウェンディ様…」
感極まった様子でヒューベルトは碧眼の瞳を潤ませる。
祈るように手を合わせ、ウェンディに向かって頭を下げる姿は、神へ祈りを捧げる修道者そのものだった。
「実は奴隷が捕らえられている倉庫は、この近くにあるんです」
「そうなのですか!?」
「驚きますよね。こんな都市に近い場所で堂々と……見事に意表を突かれました」
けれど自分たちも負けていないと、仲間について語られる。
「商人仲間の他に、この教会の修道者たちも手助けしてくれているんです。おかげで人の気配を気にせず眠れるようになりました」
言われてみれば、以前会ったときより血色がよくなっている。
英気を養えたことでウェンディとも会う時間がつくれたらしい。
「近日中に自分たちは倉庫から奴隷を助け出す予定です。保護した奴隷は教会で匿う予定ですが、そこでウェンディ様の手を借りられるでしょうか?」
「わたくしは何をすればよろしいの?」
「教会へ寄付をお願いいたします。現状では奴隷全員を養う余裕がなくて……食材や衣類などの現物でも構いません」
「お任せください。他には?」
「今はそれだけで十分です。まずは奴隷を救い出すことが先決ですから」
ヒューベルトを含む実行班は、同時に倉庫で証拠も捜すという。心配が募るけれど、ウェンディが同行できないのは自明の理だ。
「作戦が嗅ぎつけられれば全員の命が危険に晒されます。ことが明るみにできるまではご内密に」
「わかりました」
それからウェンディはヒューベルトと密会を重ねた。
段取りを聞き、自分の行動が支えになっているのがわかると嬉しかった。
当日はホテルで待機していたため気が気でなかった。
悪い想像ばかりが頭を駆け巡り、平常心を保てない。つい侍女にもキツく当たってしまう。
教会でヒューベルトの顔を見たときはその場で泣き崩れてしまった。
そして。
保護された奴隷の子どもを見た瞬間、疑いきれずに残っていたクラウディアへの敬意は、木っ端微塵に砕け散った。