作品タイトル不明
18.悪役令嬢は枢機卿と出会う
スラフィムと別れたあとは、馬車で港町を見て回る。
昼頃にもなると汗ばんでくるが、不快さを覚えるほどではなかった。
大通りを選んでいるものの進みは遅い。
貴族街のように出入りが制限されていないため、行き交う人々でごった返しているからだ。
急ぎの用事があれば困ったかもしれないが、観光にはちょうど良かった。
(警備上、歩いて回れないのが残念だわ)
活気に溢れた港町は、ただそこにいるだけで元気を分けてもらえた。
暑さで滅入っている人は誰もいない。
通りを歩く人たちはみな顔を上げ、今この瞬間を生きていた。
彼らと同じく自分も生きているのだと思うと感慨深い。
(逆行前は、周囲に関心すら向けられなかったもの)
教養を身に付け、先輩娼婦たちと切磋琢磨していた生活に心の余裕はなかった。
ヘレンと過ごす時間は安らげたものの、あくまで束の間の休息で。
人々の生活に思いを馳せるまでに至らなかった。
「やはり宝くじ屋が一番目につくな」
「アラカネル連合王国の代名詞ですものね」
時折目に入る赤い幟は、宝くじ屋の目印だった。
中央にはアラカネル連合王国の紋章が描かれている。
「他国民が買えないのが残念です」
肩を落とすトリスタンに、提案したのはシルヴェスターだ。
「移住したらどうだ?」
「そしたらハーランド王国の宝くじが買えなくなるじゃないですか!」
「どちらもとは欲張り過ぎだ。当たるとも限らないだろうに」
「でも当たるかもっていうだけで期待しません?」
「お前は良い客だろうな」
アラカネル連合王国の歴史を学ぶ上で外せないのが、バイキングと宝くじである。
建国当初、まだ完全に島々を掌握できていなかったアラカネル王家は、宝くじを発行することで問題を解決した。
王家が保証する宝くじに未払いの心配はなく、島々の君主でさえ一攫千金を狙って私財を放出したのだ。
微々たる金額でも、アラカネル王家は不満を抱かせることなく資産の徴収に成功した。
この成果は大きく、集まった資金を元手にアラカネル王家は金融業を発展させ、今に至る。
ハーランド王国では、アラカネル王家から手法を学び、災害などがあったときに臨時の宝くじを発行している。寄付よりそちらのほうが集金できるからだ。
当選確率が公にされているのもあって、ギャンブルとはいえ身を崩すほどお金を賭ける人がいないのも運用に適していた。
シルヴェスターの言いように、トリスタンは唇を尖らせる。
「当たったらシルだって嬉しいクセに」
「資産が増えて喜ばない人間がいるか?」
「発祥国だけあって、アラカネル連合王国の当選額は群を抜いていますものね」
「そうなんですよ! 夢がありますよね」
トリスタンが買いたくなるのも頷けるほどの金額で、平民が当選すれば一生遊んで暮らせた。
馬車から観光しつつ、昼食はスラフィムのまた別のお気に入りへ向かう。
そこでクラウディアは思いがけない人物と出会った。
(いても不思議ではないけれど……)
情勢を鑑みれば、違和感が勝る。
出先でクラウディアたちの滞在を知り、挨拶に来たようだ。
「きまぐれな神のご加護がありますように」
往年を思わせるくすんだブロンドに、加齢で深みを増した容姿。
金髪碧眼の美青年がそのまま年を取ったようだった。
話には四十代と聞いているが、顔立ち以上に目を引くのは彼の独特な装いだ。
純白のローブに、上着として幅広の布を肩に巻いた姿は他に類を見ない。
上着にかけられた白銀の帯が、彼の役職を表していた。
店のオーナーに限らず、国王でさえ彼の訪問を拒絶することは難しいだろう。
シルヴェスターが代表して応対する。
「枢機卿も訪れていたとは知らなかった」
「これもきまぐれな神による巡り合わせでしょう。私も殿下たちの滞在を先ほど知ったところです」
ナイジェル枢機卿は二日前から港町に滞在しているという。
「遂にアラカネル連合王国にも教会堂を建てるときがきたか?」
「そうであればどれだけ良かったでしょう。このたびは肩身が狭い教徒のために立ち寄った次第です」
アラカネル連合王国の教義は万物精霊論だが、唯一神信仰の人がいないわけじゃない。
それこそ宣教師たちがせっせと布教活動に励んでいる。
「貴殿の訪問を受けたとなれば、この地の教徒たちも救われることだろう」
「私が力になれるなら喜ばしい限りです。一つ相談があるのですが、よろしいですかな?」
「何だ?」
「このあと近くの漁村で炊き出しをおこなう予定です。もしお時間がありましたら、顔を出していただけないでしょうか? もちろん、お忍びであることは承知しています」
アラカネル連合王国では少数派になってしまう教徒に、仲間がいることを教えたいのだという。
「身分を明かさずとも、リンジー公爵令嬢やニューベリー侯爵令息のお姿を見るだけで、教徒たちは勇気付けられると思うのです」
たおやかに笑むナイジェル枢機卿に嫌みはない。
声音はどこまでも優しく、人柄が滲み出ているようだった。
「ふむ、都合がつくかはわからぬが、念頭に置いておこう」
「ありがとうございます。場所はお付きの方にお伝えしておきますので、よろしくお願いいたします」
高位であり、国王にも教えを説く立場でありながら、ナイジェル枢機卿に驕ったところはない。
物腰が柔らかいからか、こちらが変に緊張することもなかった。
ただ一点だけ、クラウディアには気になることがあった。
港で見たケイラが思いだされる。
前世でナイジェル枢機卿は、彼女の顧客だった。
(貴族ではなく、枢機卿との旅行なの……?)
ケイラとナイジェル枢機卿が偶然同じ町にいるとは考えられない。
きまぐれな神の采配にしては、繋がりがあり過ぎる。
旅行なら不思議はないはずなのに、勘が警鐘を鳴らしていた。
(ケイラお姉様と一緒にいたのは、ベゼルだったわ)
娼館には専属の護衛がいるのに、犯罪ギルドのトップがわざわざ出向く理由がどこにある。
ナイジェル枢機卿も修道者からなる護衛を連れていた。
娼館やナイジェル枢機卿から護衛を派遣されるほうが理に適っているはずだ。
姦通を罪とする教会は、売春を表向き認めていない。しかし彼らにとって娼婦は必要悪であり、娼館にも通っていた。
教会が娼婦を黙認しているのは周知の事実である。
また修道者は相手が誰であろうと基本的に態度を変えない。
娼婦と修道者が一緒にいたところで誰も気にしないだろう。
(何か裏があるのかしら)
もしかしたら深い意味はないかもしれない。
ケイラはナンバーワン娼婦だ。
ベゼルが気を利かせただけの可能性はあった。
「さて、どうする?」
「僕は行っても良いと思いますけど」
「わたくしも特に予定はありませんから大丈夫ですわ」
商館へは明日出向く。
今日はアラカネル連合王国に到着したところなので、まずは風土に慣れることを優先していた。
クラウディアもナイジェル枢機卿とは何度か顔を合わせたことがあるものの、詳しい人となりまでは知らない。
この機会にナイジェル枢機卿を観察してみるのも良さそうに思えた。
「では昼食後、一休みしたら向かうとするか」