軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19.悪役令嬢は炊き出しに参加する

炊き出しがおこなわれる漁村は、クラウディアたちが降り立った港から大して離れていなかった。

馬車で三十分ほどの距離だ。

道が混んでいないおかげで馬車は速く進んだものの村へ近付くほど悪路になり、揺れに悩まされる。

整備されていない土の道は雨でぬかるんだりして、どうしてもでこぼこしてしまうのだ。

「帰りもこれだと気が滅入るな」

「あまり良い環境だとは思えませんわね」

「ですね。これだと荷車を引くにもっ、いて!?」

口を開いたタイミングが悪く、トリスタンが舌を噛む。

「大丈夫ですか!?」

「はひ、大丈夫です……」

目が潤むくらいには、がっつりいってしまったらしい。

助けたくても、こればかりは助けようがなかった。

シルヴェスターが呆れた視線を投げるけれど、明日は我が身である。

村に着くまでは口を閉じていたほうが賢そうだ。

到着すると、独特の生活様式に驚く。

農業をしないからだろうか、必要最低限しか切り開かれていない村は極端に狭く見えた。

海岸沿いには木造の船小屋が並び、道を隔てて一列に家屋が並んでいる。

人口は多くても百人に満たないだろう。

村で唯一開けている入口付近で炊き出しはおこなわれていたので、すぐにナイジェル枢機卿たちと合流する。

馬車を降りるなり、むっとしたにおいが鼻を衝いた。

生臭い磯の香りと土臭さが混ざっている。

顔を顰めそうになるのを堪えつつナイジェル枢機卿と対面する。

彼だけは新緑の中にいるような清涼感に溢れていた。

「お越しいただき、ありがとうございます」

「大変そうだな」

「沿岸部、内陸部の差こそあれ、こういった場所はどこも変わりませんから慣れております」

側仕えに任せるのかと思いきや、ナイジェル枢機卿は自ら炊き出しをおこなっていた。

上着にしている布や帯を外し、ローブを腕まくりしている姿には快活さが溢れている。

おかげで港町で会ったときより、だいぶ砕けて見えた。

人好きする笑顔を向けられ、クラウディアも手伝いたくなる。

「足場が悪いのでお気を付けください。板を敷いていますあちらへどうぞ」

道中に限らず、村の中も道は平坦でなかった。

十センチほどのくぼみと隆起した土が隣り合う様子は、人を転けさせることしか考えていなさそうだ。

お言葉に甘えてクラウディアは板の上へ移動する。

(この格好では邪魔にしかならないわね)

そもそも泥で汚れることを想定していない。

土に沈むナイジェル枢機卿の足元を見れば、手伝いを申し出たところで足手まといにしかならないことは容易に想像がついた。

ナイジェル枢機卿もそこまでは望んでいない。

あくまで村の外にも教徒がいることを村民に教えたかっただけだ。

老若男女問わず村民から投げられる視線には覚えがあった。

(孤児院の子どもたちと一緒ね)

未知への畏怖と興味。

シンプルな装いとはいっても、クラウディアたちが身に付ける生地は最高級品だ。

汚れ一つない外見は、村民にとって謎でしかない。

動けば汚れるのが、彼らの当たり前だからだ。

ぎょろりとした魚のような目に、こけた頬。

見た目にも黒ずんでいる体はどこに触れても、手が汚れてしまいそうだった。

ましてや子どもに至っては、ボロ布をまとっているような状態である。

クラウディアたちを別の生きものだと思っても不思議ではない。

空は快晴なのに、村では変わらず陰鬱な空気が漂っていた。

列を作る村民たちに食事を提供しながら、ナイジェル枢機卿が声を張り上げる。

「食べながら聞いてください。今日は遠路はるばる唯一神信仰の仲間に来てもらいました!」

アラカネル連合王国では少数派であっても周辺諸国では真逆であることを伝え、孤独ではないと訴える。

しかし村民の多くは食事に夢中で、ナイジェル枢機卿の言葉が届いているようには見えない。

反応は芳しくないけれど、ナイジェル枢機卿は気にしていなかった。

「届くべきところには届いていますから」

そう言って、朗らかに笑う。

無反応に見えるのは、反応の仕方がわからないからだという。

食事に集中しているのなら、それはそれで必要なところに食事が届いているということだから構わないらしい。

村民の食事風景を眺めていたトリスタンが訊ねる。

「ここにいるのは唯一神信仰の方だけに限らないんですか?」

誰もが食事前に祈りを捧げていた。

精霊に祈る習慣は、唯一神信仰にはない。

「海の神に祈るのか、万物に宿る精霊に祈るのかは、御心によりますから」

信仰は人の心に宿るものだ。

自分にできるのは説くことであり、暴くことではないとナイジェル枢機卿は答える。

「炊き出しを受けるために偽っていても良いのです。考えるきっかけになれば私たちは十分ですから」

はじまりは嘘でも、やがて真実に変わるのをナイジェル枢機卿は見てきていた。

まずは生きることが肝心だと、言葉を重ねる。

「清貧を重んじる私たちが提供するのは最低限の暮らしです。それすらままならない人たちのなんと多いことか」

支援が行き届かないのは、アラカネル連合王国に限らない。

ハーランド王国とて教会に頼り、犯罪ギルドを必要悪と認めている部分があるのだ。

栄えていても貧困がなくなったわけではないと、ナイジェル枢機卿はクラウディアたちに訴えたいのだろう。

貧富の差は理解している。

シルヴェスターに限らず、貴族の令息令嬢たちは孤児院を慰問する機会がある。

それでもまだ見えているのは表面上の綺麗な部分だけだと教えられた。

(枢機卿のおっしゃる通りだわ)

生きなければ、何もはじまらない。

信仰も最初は誰かから教わるものだ。

死に瀕していれば、教わることも叶わない。

ナイジェル枢機卿が自ら炊き出しをおこなう理由がわかった気がした。

とにもかくにも命を繋いでから考えてくれたらいいという思いの表れなのだ。

帰りの馬車、揺れに気を付けながらトリスタンが口を開く。

「僕は考えが甘かったようです」

クラウディア以上に、トリスタンはシルヴェスターと色んな場面を見てきていた。

そんな彼も、漁村での光景は衝撃を受けたようだ。

二度目の人生を送っているクラウディアさえ痛々しく映ったのだから仕方ない。

俯くトリスタンの頭を、シルヴェスターが軽く叩く。

「忘れなければいい」

自分たちが守るべきものを。

繁栄の影には、貧困があることを。

忘れさえしなければ、報いる機会を自分たちで作れる。

「はい、忘れません。枢機卿が信仰にこだわっておられないのも驚きました」

食のために偽って良いとすら言っていた。

炊き出しは信仰に関係なく、貧しい人を助けるためだけにおこなわれていたのだ。

観察していたクラウディアも、あれが演技とは思えなかった。

公式の場で会うナイジェル枢機卿は品位に溢れ、近寄りがたいけれど、炊き出しをしている彼は違った。

気の良いおじさん、といったら失礼かもしれないが、汚れるのを厭わず村民に寄り添う姿は何より楽しそうだった。

訝しげな視線をどれだけ向けられてもめげない強靱さは見習いたい。

(活動に自信があるからでしょうね)

大国ですら守り切れない貧しい人々を教会が助けているのは事実だった。

――善き人。

修道者を表す代名詞にもなっているが、クラウディアから見て、ナイジェル枢機卿はその通りの人だった。

けれど胸の内で鳴った警鐘が忘れられない。

ドクドクと音を立てて全身に血が巡っていく。

(どうしてこんなに嫌な予感がするのかしら)

何も心配はないはずなのに、粟立つ意識を拭いきれなかった。