作品タイトル不明
48.悪役令嬢は王弟殿下の側近と対峙する
王弟派がハーランド王国の介入を許してまでラウルの王位を望むなら、レステーアの行動も無茶とは言い切れないかもしれない。
処罰を免れなくとも、自己犠牲を省みないと王弟派に評価されれば、彼らから援助を受けられる。
(レステーア様の行動にも一理あるなんて)
到底受け入れられるものではないし、現実は違う。
既成事実は作られず、議会がラウルの気持ちを知るよしもない。
(あなたの思惑通りにはさせないわ)
影に先導され、天井裏を進む。
天井裏の造りを見れば、本来空き家は石造りであることがわかった。
(木構造そのものが見せかけだったのね)
おかげで移動しても梁は軋まない。
ただ高さがないため、ほぼ匍匐の状態で動くしかなかった。
(筋肉痛になりそうだわ)
クラウディアがここまでするのは、ことを荒立てないためだ。
王弟の責任問題ともなれば、喜ぶのはバーリ国王のみだった。折角ハーランド王国が手にした証拠も価値が下がる。
(ラウル様の問題にするわけにはいかないのよ)
今回のことからもレステーアが主犯格で間違いないだろう。
この状況下で言い逃れはできないし、させるつもりもない。
確証が得られれば、彼女にはハーランド王国にとって利になる形で、罪を償ってもらうことが決まっていた。
影が天井板を外したことで、クラウディアは終着点を知る。
階下では、黄金の瞳がこちらを見上げていた。
(相変わらず現場に出るのがお好きね)
周囲をがっちり護衛騎士に守られていることから、お小言は飲み込む。
シルヴェスターはレステーアに用がある体で、女子寮を訪問したらしかった。
下りる際は登ったときと逆の順になるわけだが、何故かシルヴェスターが腕を広げて待っている。
「もしかして受けとめるおつもりですか?」
「いつでもいいぞ」
クラウディアは影にハーネスの固定を頼んだ。
「飛び降りる勇気はないので、ゆっくり下りますわ」
「ああ、落ちても大丈夫ぐらいに思っておけばいい」
流石に安全を第一に考えてくれたのか、飛べと強要されることはなかった。
壁に足をかけ、そろそろと下りていく。
途中、シルヴェスターに膝裏を抱かれたところで、壁から手を離した。
ハーネスのおかげで大きな衝撃もなく、シルヴェスターの肩に腕を回す。
「お疲れ様」
「ありがとうございます」
立った状態で横抱きにされるのは、これがはじめてだった。
至近距離で目が合い、照れが入ったところで、笑い声が耳に届く。
「あははっ、クラウディア嬢は、ぼくの想像を簡単に超えられますね」
まさか天井から現れるとは思ってもいませんでした、と語るのはレステーアだ。
護衛騎士が壁になって見えていなかったが、部屋の奥に彼女はいた。
一人でソファーに腰かけている。
使用人も含め、周囲に人はいない。
「礼を失するのをお許しください。何せシルヴェスター殿下に動くなと命令されたもので」
「捕縛しないだけマシと思え」
「捕縛されるおつもりはないんですか?」
「貴様の受け答え次第だ」
シルヴェスターの腕から下りたクラウディアは、様子を窺いながらハーネスと胸に巻いていた布を外していく。
窮屈なままでは話に集中できない。
「尋問のようですね」
「よく理解しているではないか。申し開きがあるのなら聞いてやろう」
「ご配慮ありがとうございます。全てぼくの独断でおこなったことで、ラウルは関係ありません。ぼくの関与を示す証拠もここにあります」
言葉を紡ぎながら、レステーアは懐から封筒を取り出した。
「自ら証拠を用意していただと?」
「企みが失敗に終わった場合のことも考えていました」
全ての罪を一人で被るつもりのようだ。
ずっと腑に落ちなかったことが、ここで繋がる。
「だから疑われる余地を残したの?」
「やはり気付かれていましたか?」
物的証拠がなければ、ハーランド王国でレステーアを罪に問うのは難しい。
けれど状況証拠は彼女を示していた。
港町ブレナークに着くなり別行動を取ったり、お茶会では台本があることをにおわせたり。
自分を疑えと言わんばかりだった。
「わたくしが主催したお茶会で、庭から戻ったあなたは、すぐにご令嬢の扱いに気を付けるようにと口にしたわ。バーリ王国のご令息が、シャーロットに失礼を働いたところは見えていなかったはずなのに」
そのとき、レステーアは他の令嬢たちと庭を散策していた。
あの日は冷え込みが厳しく、室内との温度差で窓には結露ができ、中の様子は窺えなかったはずだ。
なおかつ、レステーアが戻ったときにはシャーロットの姿はなく、クラウディアが令息と対峙している状況だった。
普通なら開口一番、何があったか説明を求める場面だ。
「仰る通り、台本がありました。わざと問題を起こして、婚約者候補たちのパワーバランスを計るためです。現状に不満がある方は付け入りやすいですから。ことごとくクラウディア嬢に邪魔されてしまいましたが」
「それも全てあなたの企みだったというのね」
疑われる余地を残したのは、いざというとき他の令息令嬢に罪はないと、彼らを庇うための伏線だったのだ。
クラウディアへ向けて、レステーアは綺麗に笑う。
「どんな形であれ、ラウルがリンジー公爵家と繋がりを持てたら良かったんですけど」
これは今日のことを言っているのだろう。
レステーアの動機は、クラウディアの予想通りだった。
反射的に口を開く。
語気が荒くなるのを止められない。
「ラウル様の意思はどうでもいいのっ?」
「最後に笑うのはラウルですから」
平然と答えるレステーアに、自分でも目尻がつり上がるのを感じた。
「何を根拠に!? 彼のことは、あなたが一番よく知っているでしょう!?」
「根拠も何も、好きな人と一緒になることで、王位へも近付けるんです。ハーランド王国に良いようにされる我々ではありませんよ?」
彼女は何を言っているのだろうか。
いや、言葉の意味はわかる。
見方を変えれば、そう解釈することも可能かもしれない。
「あなたの言い分には、ラウル様の意思が全く反映されていないわ」
「その内に反映されますよ。冷静に考えれば、何が自分にとって一番利になるか理解されるはずです」
「わたくし、レステーア様を過大評価していたみたいだわ」
賢い人だと思っていた。
ラウルのことも、きっとよく知っているだろうと。
「たとえラウル様が理解されても、自分の利益を優先したりしないわ」
他人を慮る人だからこそ、王弟派は生まれたのではないのか。
彼は決して、自分が幸せなら他はどうでもいいと考える人ではない。
「クラウディア嬢はよく知ってくださっているようですね。惜しいなぁ、今からでもラウルの婚約者になりませんか?」
「ならないわ。わたくしには、わたくしの心があるの」
「思い人がいらっしゃると?」
「そうよ」
すぐ隣に。
レステーアも勘付いてはいるだろう。
「もっと早く出会っていたら、変わったでしょうか」
「変わらないでしょうね」
ラウルと先に出会っていても、結局シルヴェスターと出会うなら何も変わらない。
クラウディアは、相手がシルヴェスターだから恋に落ちたのだ。
「残念です。あなたが手に入らないなら仕方ありませんね」
「待って!」
目を細めて笑うレステーアに、いつになく儚さを感じた。
嫌な予感がして止めに入ろうとするも、護衛騎士がクラウディアを守るために立ちはだかる。
「近付くのは危険です」
「退いてちょうだい!」
問答している視界の端で、レステーアの体が床へ落ちた。
痙攣する彼女を見て、シルヴェスターも状況を察する。
「毒を飲んだのか!?」
それは工作員が死に際に見せた症状と全く同じだった。