軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

49.王弟殿下の側近は思いを儚く散らす

もっと早く出会っていたら。

ハーランド王国に生まれていたら。

何を差し置いても、あなたに仕えたのに。

彼女をはじめて目にしたのは、外交官に案内を頼んだ紳士服店だった。

王都のトレンドを取り入れた礼服を仕立てていたところ、一瞬にして空気が華やかなものになった。

変化に驚き、視線を巡らせた先に、彼女はいた。

緩くクセのある黒髪を靡かせながら歩く姿は力強く、くっきりとした目鼻立ちが気の強さを窺わせた。

それでいて小さな顔に浮かぶ表情は、新しいドレスに目を輝かせる少女そのもので、可憐だった。

利用客のほとんどが男性である紳士服店において、彼女の存在は異質であり、場違いなはずだった。

にもかかわらず、彼女はフロアに君臨していた。

遠く離れていてもバラの香りが香ってきそうなほど鮮烈な印象を受ける。

誰もが傅いておかしくない状況で、彼女は気さくに外交官と挨拶を交わした。

たまたま外交官と離れていたレステーアは、嫉妬と安堵という複雑な心境に陥った。

彼女の目にとまり、喜びを隠さない外交官に嫉妬を。

声をかけられたことで慌てずに済んだ安堵を、同じに抱えた。

(あれがリンジー公爵令嬢)

気を取り直し、観察に集中する。

フロアにいた全ての人間が彼女に目を奪われていたため、誰にも不審がられることはない。

ラウルが誼を通じると相手として、彼女の名前は一番に上がっていた。

事前に取り寄せた情報で、彼女ほど完璧な人はいなかった。

だがそれはハーランド王国の王太子殿下の婚約者候補としてもいえることだった。

(ラウルがオトせたらいいんですが)

実物を目にすると、難しい気がする。

色仕掛けで簡単に靡くような令嬢には、到底思えなかった。

(ラウルも容姿ではシルヴェスター殿下に負けてませんが、いかんせん系統が異なりますから)

ラウルが真夏に恵みをもたらす光ならば、シルヴェスターは凍てつく冬、生命を助ける光だった。

陽気な賑やかさを求めるならラウルを、静かな平穏を求めるならシルヴェスターを選ぶだろう。

完全に好みによる。

それでも王族という地位、気さくな人柄は、マイナスにならないだろう。

(一番の問題は、他ならぬラウルですね)

ラウルは女性が苦手だ。

自分が男装をはじめたきっかけもそこにある。

特にクラウディアのような容姿を、一番苦手としていた。

(それでも頑張ってもらわないと)

今はまだラウルに同情的なバーリ王国の国民も、いつ手の平を返すかわからない。

幸い、クラウディアは一方的で自分本位な女性には見えなかった。

彼女の人柄に気付ければ、ラウルの苦手意識も薄れるように思う。

クラウディアが馬車に乗って帰るまで、レステーアの観察は続いた。

その途中。

「……っ!?」

目が合ったように感じて、咄嗟に身を隠す。

居合わせた男性と比べても、レステーアが送る視線はあからさまではなかったはずだ。

観察する視線に気付かれた気がして、全身がカッと熱くなり、心拍が速くなる。

(気のせい、ですよね?)

たとえ目が合っていても、まだクラウディアとは面識がない。

気に留めないはずだと自分に言い聞かせる。

結果的に、クラウディアはレステーアの存在に気付いていなかったものの、洞察力は本物だった。

(凄い! 凄いとしか言いようがありません!)

王城でおこなわれた学園の卒業パーティー。

用意された部屋に帰ってからも、レステーアの興奮は冷めなかった。

レステーアの男装を見抜いたのもさることながら、ラウルへの対応までクラウディアは完璧だった。

人より聡い自覚がある自分でも、どうすることもできなかったのに。

男装は苦肉の策のようで、開き直りだったけれど。

――元々ドレスを着るのが苦痛でしかなかった。

苦痛からも解放されるなら一石二鳥だと、今ではラウルのためというより自分のために男装を続けている。

振り返ればこのときから、クラウディアを敬愛するようになった。

完璧な彼女は、理想の女性そのものだった。

より思いが強くなったのは、シャーロットのコンプレックスについて助力を求められたときだ。

婚約者候補でライバルであるシャーロットにも、クラウディアは真摯に向き合い、助けることを厭わなかった。

クラウディアをお姉様と呼んで慕うシャーロットには、ただただ嫉妬した。

胸の内で燃え上がる炎の勢いに、自分でも驚いたほどだ。

(ぼくにこんな感情があったなんて……)

ラウルのことは好きだ。

主君として仰ぐなら、現国王よりラウルを選ぶ。

国のためを考えるなら、彼が王位に就くべきだと本気で信じているくらいには親愛していた。

けれどそこに感情の火柱は立たない。

(もしぼくがハーランド王国の令嬢だったら、クラウディア嬢も親身になってくれたでしょうか)

思えばシルヴェスターもクラウディアも、男装するレステーアに対し驚きもしなかった。

平然と事実を認めるだけだった。

社交界において、男装するレステーアの存在は奇異でしかない。

時が経つにつれ、慕ってくれる令嬢は増えたものの、未だに不快な視線は向けられる。

それが当然のことだった。

ラウルですら、ハーランド王国でも男装を続けることを渋ったくらいだ。

(生まれる国を間違えたんでしょうか)

色白の手に視線を落とす。

褐色が多いバーリ王国において、物心ついた頃からレステーアには居場所がなかった。

姦しい令嬢たちとはそりが合わず、一人でいるのが心地良かった。

そこへ一石を投じたのがラウルで、彼となら会話を楽しめた。

自分が孤独で、寂しさを抱えていたことに気付かされた。

親友という存在を得て、レステーアはラウルに仕えることを決めた。

それからは何がラウルのためになるかを考え、行動した。

政治活動は楽しく、工作にも手間を惜しまなかった。

これが自分の人生だと、確信していた。

だというのに。

(バーリ王国に、あなたはいない)

ならば来てもらおう。

ラウルだって、クラウディアに恋しているのだから。

(あなたがいれば、全て上手くいく)

汚れ仕事は、本国にいる頃からレステーアが率先して引き受けていた。

苦ではなかったし、そうすることで王弟派へも恩を売れる。

今回もいざとなれば切り捨てられる立場になることを厭わなかった。

ハーランド王国へ同行した令息令嬢たちは、レステーアの自己犠牲に感動し、支援を約束した。

たとえ側近でなくなっても、ラウルと一緒になったクラウディアのために働けるならそれで良かった。

「彼女は気付いてくれるでしょうか」

自分の残した足跡に。

形のないそれは、クラウディアへ贈る、レステーアなりのラブレターだった。

女子寮にシルヴェスターが現れた瞬間、レステーアは全ての失敗を悟る。

このタイミングで現れたのは、クラウディアを助けるために他ならないだろう。

(そういえばこの人にも邪魔されてましたね)

レステーアの企みを阻止したのは、クラウディアだけじゃない。

失意に天を仰ぐが、他にも天井を見上げる人物がいた。

護衛騎士に囲まれたシルヴェスターが、何かを待つような素振りを見せる。

そこへ現れたのは。

「あははっ、クラウディア嬢は、ぼくの想像を簡単に超えられますね」

惚れ直さずにはいられない。

長い黒髪が棚引く瞬間を、目に焼き付ける。

抱きとめるのが自分でないのが口惜しい。

触れられずとも、傍にいることすらできないのが悔しい。

それでも胸に巻かれた布に思いが募った。

誰でもない、自分の教えが活用されていたのが嬉しかった。

「だから疑われる余地を残したの?」

「やはり気付かれていましたか?」

笑みがこぼれる。

緩みそうになる頬を保つのに必死だ。

「何を根拠に!? 彼のことは、あなたが一番よく知っているでしょう!?」

目尻をつり上げ、苛烈さを極める姿すら美しい。

そんなクラウディアは、自身の価値に気付いていないようだった。

(あなたと一緒にいられるなら、他に望むものなどないでしょうに)

シルヴェスターの満たされた顔が目に入っていないのだろうか。

「もっと早く出会っていたら、変わったでしょうか」

「変わらないでしょうね」

全てが失敗に終わった時点で、望みはなかった。

もしもを願ったところで意味はない。

(最期に、あなたと言葉を交わせて良かった)

クラウディアがいない世界で生きるなら、死んでるも同じだ。

(ラウルには、謝っても謝りきれませんね)

親友だった。

仕える主君だった。

なのに、裏切ってしまった。

心は、クラウディアへ傾いていた。

薄れる意識の中、眼前に迫るクラウディアは、相変わらず美しかった。