軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

47.悪役令嬢は立ち向かう

クラウディアが動かなければ衣擦れの音一つしない。

衝立前のテーブルにお茶のセッティングだけは済んでいるのが、どこか滑稽だった。

ケーキスタンドには色とりどりのケーキが並んでいる。

用意された椅子は二脚。

「わたくしと、もう一つはラウル様用かしら」

ラウルと話して欲しいと言われたのがはじまりだった。

けれど二人きりとは聞いていないし、閉じ込められるなんてもっての外だ。

不格好になるのも厭わずクリノリンを斜めにしてドアノブを回してみたが、手応えはない。

「護衛騎士は期待しないほうが良さそうね」

ここまで大胆なことをするぐらいだ。対策されているだろう。

騒ぎ立てるのを早々に諦め、衝立に近付く。

物音がしないことから、差し迫った危険はないと判断した。

誰かが潜んでいたら、もう姿を見せているはずだ。

一度深呼吸をして、平静を心がける。

「慌ててはダメ。できることも、できなくなるわ」

そしてそっと衝立の向こう側を窺った。

誰もいないと思っていた場所を。

「ラウル様!?」

まず目に飛び込んできたのは大きなベッドだった。

その中央に、褐色の肌を見る。

腰を覆う滑らかなシーツが裸体を象っていることから、服を着ていないのは明白だった。

あまりのことに一歩退き、横たわるラウルから視線を外す。

「正気なの!?」

今すぐレステーアの胸ぐらを掴みたい衝動にかられる。

彼女の意図は疑いようもなかった。

既成事実を作るつもりだ。

ここでラウルが目覚めてもクラウディアを襲わないだろうが、長時間二人きりで、それも片方は裸でいた事実さえ広められれば十分だった。

根も葉もない噂と、事実に基づいた醜聞は違う。

第三者の証言がない限り、世論は当人たちの言い分を聞き入れない。

自ずとシルヴェスターの婚約者候補も辞退を迫られ、ラウルは責任を取ろうとするだろう。

たとえ意識のない状態で起こったことでも。

「自分の、主人ともいえる人でしょうにっ」

現状レステーアは、ラウルに雇われているわけではない。

だとしても側近として、彼に仕えていた。

「なのに、どうしてこんなこと……」

睡眠薬を飲まされたのか、ラウルが目覚める気配はない。

クラウディアに警告していた当人が裏切られた形だが、このような事態になると誰が想像できただろうか。

「レステーア様にとっては、これもラウル様のためなの?」

ときには苦言を呈し、諫めるのも仕える者の務めだ。

体を張らなければいけない場面もあるかもしれない。

果たして、これがそれに当てはまるのか。

クラウディアは堅く目を閉じて考える。

「違う。わたくしとレステーア様は違うわ」

そして馬車で考えていた問いに答えを出した。

クラウディアなら、諫めてもシルヴェスターの意思を尊重する。

間違っても、反論できない状態にはしない。

「主人の言葉を奪うなんて……!」

ラウルを何だと思っているのか。

人の心を、何だと思っているのか。

仮にレステーアの思惑通りにことが運んだとして、ラウルが傷付かない保証はどこにある。

「彼を癒やして欲しいと言ってきたのは、他でもないあなたでしょうに!」

クラウディアを招くための方便でしかなかったのか。

訴えが静寂に飲まれる中、レステーアへの怒りよりも失望が胸を占める。

「人の世に正解はないとしても……わたくしは受け入れられないわ」

これがレステーアの正義というなら。

「わたくしは、わたくしの正義を貫くまでよ」

ラウルを起こさないよう注意しながら、そっと顔を窺う。

思いの外、顔色は悪くなく、どちらかといえば安らかな寝顔だった。

苦痛はなさそうでほっとする。

(娼館でなら頭を撫でていたかしら)

触れられない代わりに、ぎゅっとクリノリンを掴んだ。

もうあの頃とは立場が違う。

(あなたと過ごした時間は楽しかったわ)

娼館での生活は生半可なものではなかった。

辛い経験をした、何より、死に近い場所でもあった。

それでも楽しい時間はあったのだ。

ヘレンとも、ラウルとも笑い合える時間が。

記憶とは違う関係に若干の寂しさは残るものの、未練はない。

今の自分だからこそ、できることがあった。

(わたくしの正義が、あなたの悪でも)

迷いはしない。

クリノリンを解体し、仕込んでいたものを取る。

シルヴェスターと用意したレステーアへの手土産のほとんどは、彼女に渡すものではなかった。

既に馬車でズボンもはいてある。

(ヘレンに隠れて用意するのが、一番骨が折れたわね)

彼女を屋敷に残したのは、巻き込む危険を回避するためだった。

それに何かしら危険があると知られれば、心配させてしまう。

(まぁ危険なんてないのだけど)

最悪の事態を想定し、対策は念入りにおこなわれた。

たとえどこかへ閉じ込められても大丈夫なように。

「まさかレステーア様直伝の胸を潰す方法を、ここで実践するなんてね」

何の皮肉だろうか。

布をきつく巻き、胸を平らにする。

あとは上からハーネスを取り付ければ準備は整った。

タイミング良く、天井板の一つが外される。

顔を覗かせたのは、シルヴェスターが用意した女性の影だった。

女子寮として貸し出された空き家には、仕掛けがあった。

元は貴族の所有だったが跡継ぎがいなかったため、空き家は国庫に納められた。

国が所有するにあたり厳密な調査がおこなわれたところで、仕掛けの存在は明らかになる。

なんと一階の天井から二階の床の間に、人が忍べる空間があったのだ。

王家は空き家をそのまま利用することを決め、今回、バーリ王国の女子寮として貸し出されるに至った。

だからレステーアからお茶会の誘いがあったとシルヴェスターに伝えたとき、女子寮なら大丈夫だと答えられたのである。

(本当に人が入れるのね)

事前に情報を聞いていたクラウディアさえ半信半疑に陥るぐらい、仕掛けの偽装は完璧だった。

物音一つ立てずに待機する影は、流石といえる。

一階の天井、もしくは二階の床、どの部屋からも秘密の空間は使えるが、出入り口は広くない。

開けられた天井板も、クラウディアが辛うじて胸を潰せば通れるほどだった。

影が垂らした紐にハーネスの先を結び、上で固定してもらう。

引っ張り上げてもらいながらも、極力音を立てないよう、クラウディアも壁を登った。

木骨造は内装にも用いられ、足をかける場所には困らない。

出入り口が壁側に用意されていることから、内装も登ることを前提としているようだった。

(元の所有者は諜報活動でもしていたのかしら)

故人に訊ねるわけにもいかず、意図は不明のままだ。

無事に天井裏へ辿り着いたところで、クラウディアは一息つく。

ちなみに脱出が困難な場合は、影が姿を現し護衛を担う段取りだった。

急を要する場合は、シルヴェスターの名の下に騎士が女子寮へなだれ込んでくる。

(それにしても無茶をするわ)

仮に上手くいっても、レステーアはラウルからの信頼を完全に失うだろう。

処罰は免れない。

(自分を切り捨ててまで、リンジー公爵家と繋がる必要があるのかしら?)

ラウルが責任を取ってクラウディアを娶ったところで、公爵家に対し頭が上がらなくなるだけだ。

(……まさかラウル様の臣籍降下を阻止するため?)

クラウディアないし、公爵家の体面を守るため、ラウルは王族であり続けるだろう。

どれだけ難しい立場に立たされても。

ハーランド王国としては、婚約者候補の一人であるクラウディアがラウルと恋仲になろうとも――事実はどうあれ――社交界に衝撃が走る程度だ。

むしろこれを機にラウルへの支持を発表し、王位に就かせようとすらするかもしれない。

ラウルがバーリ国王になれば、クラウディアを通じて実質支配ができるのだから。

(今ですら議会は王弟派に票が集まっているというものね)

ラウルの兄であるバーリ国王への国民感情は、少しずつハーランド王国へも伝播しつつあった。

陸路は山脈で隔たれているものの、海路での貿易は盛んだ。

人の口に戸は立てられない。

議会が答えを出せずにいるのは、ひとえにラウルの心が決まっていないからだった。

(もしラウル様がわたくしとの婚姻を条件に、ハーランド王国の支持を受けると申し出れば、笑っていられないわ)

既成事実がなくとも、クラウディアへ打診がくる可能性を否定しきれない。

シルヴェスターは阻止するだろうし、クラウディアも受け入れないが、公爵令嬢の婚姻には政治が絡むのが普通だ。

あくまで表面的なことだけを考えれば、おかしな話ではなかった。