軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第5話:堺の商人とのファースト・コンタクト

秋の収穫祭が終わり、領地に吹き抜ける風が冷たさを増し始めた頃。

私と父上は、数人の護衛と荷車を引き連れて、和泉国の海沿いにある巨大な港町へと足を踏み入れていた。

自治都市、堺。

中世日本において最も進んだ経済システムを持ち、後に宣教師から「東洋のベニス」と称されることになる、富と欲望が渦巻く巨大な独立商圏である。

『ひゃっはー! まことの堺よ! 海の匂いと、銭の匂いがプンプンするわ!』

私は前世の歴史オタクとしての興奮を必死に押し殺し、五歳の幼女らしい無邪気な表情を取り繕いながら、活気あふれる町並みをキョロキョロと見回した。

すれ違う人々の身なりは京都の庶民よりも明らかに良く、通りの両脇には見慣れぬ異国の品々が並べられている。

「……薫子や。まことに、ここで良かったのかえ?」

私の隣を歩く父上は、すれ違う屈強な用心棒や鋭い目つきの商人たちに圧倒され、冷や汗を拭いながら小声で尋ねてきた。

無理もない。

田舎の弱小領主である父上にとって、この堺の空気はあまりにもアウェーすぎた。

「案ずることはおじゃりませぬ。我らは今、天下の誰よりも価値ある『手札』を持っておりまするゆえ」

私は父上の大きな手をギュッと握り返し、満面の笑みで答えた。

干鰯の投入によって史実の数倍という異常な収穫量を叩き出した我が領地には、蔵に入りきらないほどの米が山積みになっている。

だが、米はただ置いておくだけでは腐るか、ネズミに食われるだけだ。

これを最速で、かつ最も高い価値で「現金化」し、さらなる投資へと回すための強固なパイプがどうしても必要だった。

私たちは、堺の町でも一際大きな構えを見せる豪商の屋敷へと案内された。

通されたのは、異国の香木がふわりと香る、贅を尽くした広大な客間である。

「ようこそお越しやす、山科の御領主様」

上座にどっかりと座っていたのは、恰幅が良く、鋭い双眸を持った初老の商人だった。

彼は愛想の良い笑みを浮かべてはいるが、その目は完全に獲物を値踏みする肉食獣のそれだった。

「この度は、途方もない量の米をお持ち込みいただけるとか。山に囲まれた御領地で、いったいどのような術を使われたのやら……まこと、商いの匂いがいたしますわ」

商人は父上を一瞥した後、隣にちょこんと座っている私を見て、面白そうに目を細めた。

「して、そちらの可愛らしい姫様は? お戯れに連れてこられたのでおますか?」

「あ、いや、その……」

父上が言葉に詰まるのを遮り、私はスッと背筋を伸ばし、大人の作法で完璧な一礼をした。

「お初にお目にかかりまする。山科の薫子とおじゃる。本日は父に代わり、私が商いのお話をさせていただきたく存じまする」

五歳の幼女の口から流れるように飛び出した、淀みない室町言葉と完璧な所作。

商人の顔から、一瞬だけ愛想笑いが消えた。

「……ほう? 姫様が、わてと商いのお話を?」

商人は面白半分といった態度を崩さなかったが、その目の奥には明らかな警戒の色が混じった。

「五歳の童と侮るなかれ。今冬、当方がお納めする米は、堺の相場の相場を揺るがすほどの量になりましょう。なれど、ただの米商いにはおじゃりませぬ」

私は商人を見据え、一言一句をはっきりと区切って告げた。

「明国との交易を見据え、当領の米とこれから作る品々を、堺が世界へ羽ばたくための手形とたもれ」

その瞬間、客間の空気がピリッと張り詰めた。

「……明国との交易、と申されましたか?」

商人の声のトーンが、一段低くなった。

「さよう。堺の旦那衆は、明国との勘合貿易で莫大な利を上げておいでやな。なれど、その積荷を揃えるための国内の仕入れは、京の都の政争や小大名の小競り合いに左右され、常に不安定なはずでおじゃる」

私は、前世で腐るほど研究してきた室町後期の地政学的リスクを、容赦なく突きつけた。

「我が領地は、京の都に近くありながら、武力によらぬ完全な『安全地帯』として独立する腹積もりでおじゃる。来年からは米だけでなく、水車を用いた新しい織物や、異国の品にも負けぬ特産品を山のように生み出してみせましょうぞ」

「特産品……水車……?」

商人はもはや、目の前にいるのが五歳の子供であることを完全に忘れていた。

「当領の圧倒的な生産力と安全を、堺の船に乗せるのでおじゃる。我らと強固な商いの道を繋げば、堺は国内の煩わしい戦や政争に巻き込まれることなく、安定して明国から莫大な銅銭や生糸を引き出せるようになりましょう」

私は扇子をピシャリと閉じ、商人の目を真っ向から射抜いた。

「ただの米の買い付けで終わるか。それとも、この先何十年と続く『世界への独占的な仕入れ先』を確保するか。堺の豪商たるお主の眼力、見せておくれやす」

長い、長い沈黙が客間に落ちた。

商人は額にじっとりと汗を浮かべ、瞬きすら忘れたかのように私を見つめていた。

五歳の幼女の皮を被った、得体の知れない化物を見るような目。

父上が私の複式簿記を初めて見た時と同じ、恐怖と畏敬が入り混じった表情だった。

やがて、商人は深く息を吐き出し、その場に平伏するように深々と頭を下げた。

「……恐れ入りました。姫様、いや、薫子様。この堺の海よりも深い御慧眼、わての一生を賭けて乗らせていただきとうおます」

商人が顔を上げた時、その顔には最高峰の商人としての、ギラギラとした野心が燃え上がっていた。

「よろしい。ならば、まずは当方の莫大な米を、最も良き値で『銭』に変えておくれやす。そして、次なる私の仕掛けに必要な職人と資材を、堺の力で手配していただこうか」

「ははっ! 何なりとお申し付けくだされ!」

商人の力強い返事を聞きながら、私は内心でガッツポーズをキメていた。

『作戦成功! これで日本最強の国際貿易都市の経済網に、私の領地が完全に接続されたわ!』

戦国時代をスキップし、大航海時代への切符を掴み取るための、最強の物流・換金パイプ。

私は、口元に完璧な笑みを浮かべたまま、これから巻き起こす巨大な歴史改変の青写真に胸を躍らせていた。