軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第33話:無茶な命令と崩壊する軍勢

洛内の細川邸。

細川勝元と山名宗全は、底知れぬ絶望と焦燥に苛まれていた。

大軍を興すための軍資金は、洛中の土倉から完全に消え失せた。

兵糧を運ぶべき馬借たちも、こぞって山科へと姿を消した。

そして頼みの綱であった兵力すら、予想を遥かに下回る数万程度しか集まらないという凶報が届いていた。

「おのれ……日野富子め……!」

勝元は血の滲むような声で、大御台所の名を呪った。

自分たちを蚊帳の外に置き、富を独占したばかりか、戦の準備すらも事前に封殺してきたあの女狐。

「まさか、あの女がこれほどまでにえげつない手を打ってくるとは……!」

宗全もまた、ギリッと奥歯を鳴らして呻いた。

彼らは気付いていない。

この完璧にして冷酷な包囲網の全てを設計し、土倉や馬借を裏で操る策を考えていたのが、富子の傍らに控える小間使いの少女・薫子であるという事実に。

武将たちの目に映るのは、幕府の権威を盾に暴利を貪る、強欲な日野富子の姿だけであった。

「勝元殿!最早猶予はならぬぞ!」

宗全が焦りを孕んだ声で怒鳴る。

「このままでは、我らは戦う前に兵糧攻めで干上がってしまうわ!」

「分かっておる!こうなれば力技じゃ!」

勝元は瞳に狂気を宿し、控えていた家臣たちへ怒号を飛ばした。

「諸国でくすぶっておる兵どもに伝えい!とにかく略奪しながら洛内へ向けて進軍せよと!」

「し、しかし勝元様!道中の村々はもぬけの殻にございまする!」

「ええい!草の根を分けてでも食い物を探せ!洛内に集結さえできれば、我らの武勇で富子を屈服させられるのじゃ!」

軍事の基本である兵站を完全に無視した、あまりにも無謀な進軍命令。

それは、権力闘争に敗れることを恐れた男たちの、悲哀に満ちた最後の足掻きであった。

***

数日後、洛外の街道。

山名家の傘下にある国人衆の武将・太田垣は、泥濘む道を歩きながら天を仰いだ。

「腹が減った……」

背後から聞こえてくるのは、足軽たちの力ない怨嗟の声ばかりであった。

太田垣が率いる部隊は、当初数千の兵力を見込んでいた。

だが、実際に集まったのはその半分にも満たず、今も行軍のたびにポロポロと逃亡兵を出している。

「殿!先の村も空っぽにございました!」

斥候から戻ってきた足軽が、絶望的な報告をもたらした。

「やはりか……」

太田垣は重いため息を吐いた。

宗全からの命令は「略奪してでも進め」というものであったが、肝心の略奪する対象が存在しないのだ。

村人たちは食料や家財道具ごと、幕府が用意した山科の要塞へ疎開してしまっている。

おまけに、同僚の国人衆たちの大半は、出陣の要請に応じなかった。

「当たり前じゃ……俺だって出たくはなかったわい」

太田垣は自嘲気味に呟く。

彼ら地方の武将たちは皆、平時から幕府の『室町ファンド』を通じて、多額の銭を借り入れていた。

日野富子の名で出された警告は絶対である。

幕府に弓を引けば、借金の一括返済を求められ、払えなければ全てを失うのだ。

そんな恐ろしい相手に、誰が進んで戦を挑むというのか。

「お武家様……もう歩けませぬ……」

泥道に倒れ込んだ足軽が、虚ろな目で太田垣を見上げた。

「しっかりせい!洛内に入れさえすれば、腹いっぱい飯が食えるんじゃ!」

太田垣は空虚な励ましを口にするが、誰の心にも響かない。

夜になれば、飢えと疲労に耐えかねた足軽たちが、また数十人単位で闇へと消えていく。

彼らが向かう先は、安全で温かい飯が食えるという山科の特区に違いない。

「こんな戦、勝てるわけがなかろうが……」

洛内を目指して無理な行軍を続ける反乱軍の総兵力は、今や三万以下にまで激減していた。

兵糧はなく、士気は底を突き、軍隊としての統制は完全に失われている。

十万の動員令と豪語した勝元と宗全の威光は、自重で崩壊していく哀れな敗残兵の群れへと成り果てていた。