軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第32話:消えた物流と、激減する兵力

洛内の細川邸。

土倉が全て空になっているという絶望的な報告を受け、勝元と宗全は重苦しい沈黙に包まれていた。

だが、彼らはまだ己の権力と武力を信じていた。

「ええい!銭がないのなら仕方がない!」

勝元は自らを鼓舞するように声を張り上げた。

「軍資金は後払いで何とかするしかない!我ら幕府の重鎮が名を貸せば、兵や物資はどうにでもなるはずじゃ!」

宗全も大きく頷き、控えている家臣たちへ鋭い視線を向けた。

「その通りじゃ!まずは馬借を集めよ!大軍を動かすための荷車と馬がなければ戦にならん!」

「ははっ!直ちに!」

「それと、兵の動員じゃ!洛中洛外の村々へ触れを出し、戦に耐えうる男たちを根こそぎかき集めよ!」

家臣たちは再び弾かれたように屋敷を飛び出していった。

金がないなら、武力と権威で物資と人を徴発する。

それが、戦国を生きる武将たちの常套手段であった。

***

しかし、その目論見は早くも洛外の街道で打ち砕かれることとなる。

細川家の家臣である政国は、兵糧輸送の要である馬借の詰め所を訪れ、絶句していた。

「なんじゃこれは……!」

いつもならば、屈強な男たちと大量の馬で溢れかえっているはずの巨大な荷下ろし場。

それが今、見渡す限り閑散としているのだ。

残っているのは、老いぼれた数人の馬借と、痩せこけた数頭の馬だけであった。

「細川家からの御触れである!十万の兵を動かすため、馬借衆は直ちに荷車と馬を供出せよ!」

政国が声を張り上げると、数人の馬借たちが渋々といった様子で頭を下げた。

「お武家様……わしらのような年寄りだけなら、お供させてもらいまっせ」

「馬鹿な!若い衆はどうした!これほどの大戦、稼ぎ時であろうが!」

政国が問いつめると、老馬借は困り顔で頭を掻いた。

「それが……若い衆も、丈夫な馬も荷車も、みーんな山科の要塞へ行っちまいましたんや」

「山科だと!?」

「あっちに行けば、ただで美味い飯が食えて、馬の世話もしてもらえて、安全だって……」

政国の背筋に嫌な汗が伝った。

彼は慌てて馬を走らせ、兵を徴発するために近隣の村々を回った。

だが、そこでも信じられない光景が広がっていた。

田畑に人の姿は少なく、戦の主力となるべき屈強な若者たちが極端に少ないのだ。

「どういうことだ!これでは十万はおろか、その半分すら集まらぬぞ!」

一部の義理堅い者や、武士の権威を恐れる村人たちは動員に応じた。

だが、集まってきた村人の一人が、政国に恐る恐る告げた。

「お武家様……みんな、いくさには行きたくないって、山科の特区へ逃げ込みました」

「なんだと……?」

「山科へ行けば、怪我の心配もなく、温かい長屋で良い給金がもらえるって……だから、命を張って端銭を稼ぐいくさには、もう出たくないと……」

政国は言葉を失った。

長年にわたる街道整備や水車作りで、幕府が民に与えてきた異常なほどの高待遇。

その甘い汁を知ってしまった民たちは、もはや安い命を捨てて戦うことを拒絶し、こぞって山科の要塞へ疎開していたのである。

***

「……申し上げます」

再び細川邸の広間。

戻ってきた政国は、脂汗を流しながら絞り出すような声で報告を終えた。

「洛外の馬も荷車も……そして動員に応じる村人たちすら、極少数に留まっております」

勝元と宗全は、亡霊でも見るかのように目を見開いていた。

「大半の働き手や若者たちは、山科の要塞へと避難しており……このままでは、十万の兵など到底集まりませぬ」

「……何人じゃ」

勝元が、かすれる声で問う。

「諸国からの国人衆を合わせても、集まるのは良くて数万……かと」

広間に、再び重苦しく絶望的な沈黙が舞い降りた。

金がない。

物流がない。

そして頼みの綱であった兵力すら、半分以下に激減しようとしている。

二人の最高権力者は、見えない巨大な壁に完全に包囲されている事実を、ようやく肌で感じ始めていた。

***

同じ頃。

洛外にそびえ立つ山科の要塞、その最奥にある薫子の執務室。

壁一面に張り出された畿内の地図を見つめながら、薫子は優雅に紅茶を啜っていた。

「薫子や。なんや、細川と山名の連中、必死こいて兵と馬を集めとるらしいおすな」

豪華なソファに寝そべりながら、日野富子がくすくすと笑い声を上げる。

「相変わらず、えげつない策やわ。金と物流を根こそぎ奪い取った上に、兵士になるはずの民草まで根こそぎ囲い込むやなんてなぁ」

「えげつないとは心外でおじゃりまする。私はただ、無駄な血が流れないよう、民を安全な場所に避難させただけでおじゃります」

薫子は悪びれる様子もなく微笑んだ。

「十万の兵を集めると豪語しておじゃりましたが、なんとも哀れなことでおじゃりまする」

「そやな。美味しいご飯とふかふかの布団を知ってしもた人間が、泥水すすって殺し合いになんて行きたがるわけおまへんわな」

富子は煙管の煙をふうと吐き出し、地図上の細川邸のあたりを扇子で指し示した。

「それで、あのお偉いさん方はこれからどない動くつもりなんやろか」

「十万には届かずとも、数万の兵は集まってしまいましょうぞ。国人衆の意地もおじゃりますゆえな」

薫子の目は、歴史の必然を見透かすように冷徹に細められた。

「彼らは焦りのあまり、やがて無理な行軍を強行するはずでおじゃる。そして、その数万の兵すらも、洛内へ辿り着く前に自重で崩壊していくことになりましょうぞ」