軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第3話:幼女の皮を被ったコンサルタント(3歳)

私がこの世界に転生してから、早くも三年の月日が流れた。

赤ん坊という物理的な拘束衣からようやく解放され、私は自分の足で歩き、自分の意志で言葉を操れるようになっていた。

舌の筋肉もしっかりと発達し、周囲の大人たちが使う優雅な『室町言葉』も完璧にマスターしている。

薫子、三歳。

愛してやまない室町時代で、歴史のうねりを自らの手で書き換えるための、いよいよ本格的な活動開始である。

私が最初にやらなければならないこと。

それは、大がかりな歴史改変を始める前の『初期資本の獲得』と『家庭内の権力掌握』だった。

私が生まれ変わったこの家は、京都近郊にわずかな領地を持つ、お世辞にも裕福とは言えない弱小武家だ。

父上はとても優しく、私を溺愛してくれているが、いかんせん領主としての経営能力には欠けていた。

毎日のように土倉と呼ばれる高利貸しから届く催促状に頭を抱え、深い溜め息を吐きながら薄暗い部屋で帳簿とにらめっこをしている。

『戦国時代という地獄を回避して、日本を大航海時代へ導く』

そんな途方もない野望を叶えるためには、莫大な金と権力が必要だ。

まずはこの沈みかけた泥舟のような実家の財政を立て直さなければ、応仁の乱が起きる前に我が家が破産してしまう。

ある日の午後。

父上が気晴らしに庭へ出た隙を狙って、私は小さな体を忍ばせ、父上の執務部屋へ侵入した。

文机の上に広げられたままになっている、和紙を綴じた分厚い帳面。

それが、我が家の台所事情を記した大福帳だった。

私は背伸びをして机に手をつき、筆の墨跡が擦れたその帳面を覗き込んだ。

『……なるほど、これが中世の帳簿ね』

前世で地政学と経済の繋がりを腐るほど研究してきた私の目から見れば、それはあまりにも杜撰で、原始的なものだった。

入ってきた米の量と、出ていった銭の額が、ただ時系列に沿って羅列されているだけ。

いわゆる『単式簿記』と呼ばれる、ただのお小遣い帳レベルの代物である。

これでは、全体の資産がどう増減しているのか、どこに無駄があるのか、一目で把握することなど絶対に不可能だ。

『ふむ……年貢の上がりに対して、土倉への利払いと馬借への運送費が異常に高いわね』

私は帳面の数字を追いながら、頭の中で高速で計算を回していく。

そして、ある決定的な違和感に気がついた。

『これ……直轄領以外の村からの年貢の納め分が、計算上どうしても合わない。……なるほど、そういうこと』

私はニヤリと笑うと、脇に置かれていた細い筆を手に取り、たっぷりと墨を含ませた。

真っ白な新しい和紙を引き寄せ、そこにスラスラと新しい線を引いていく。

左側に『借方(資産の増加)』、右側に『貸方(負債の増加と収益)』。

イタリアの商人が生み出し、現代の資本主義経済の根幹を成す悪魔のシステム。

『複式簿記』のフォーマットである。

三歳の小さな手で、私は父上の杜撰な帳簿の数字を、次々と新しい和紙の上に再構築し、分類していった。

すべての金の流れが可視化され、我が家の絶望的な財務状況が、残酷なまでにくっきりと浮き彫りになる。

「……薫子? そこで何をしておるのじゃ?」

背後から、戸惑ったような父上の声が聞こえた。

私が勝手に筆を使っているのを見て、驚いて駆け寄ってくる。

「父上。ここの代官、三割もくすねておじゃるよ」

「……は?」

私は振り返り、完成したばかりの美しいバランスシートを父上の目の前に突きつけた。

「帳の辻褄が合うておりませぬ。この村からの年貢の上がり、この三年で徐々に減っておりまするが、天候や不作の記録はどこにもおじゃりませぬ」

父上は目を丸くして、私の顔と、私が書いた見慣れぬ形式の帳面を交互に見比べた。

「な、なんじゃこの見事な帳面は……! 入るものと出るものが、綺麗に左右に分かれておる……。薫子、これをそちが書いたというのか!?」

「はい。このまま代官の横領を放置し、高い利息ばかり払っていては、今冬には間違いなくお家が潰れてしまいまする」

三歳の幼児の口から飛び出した、冷酷で的確な財務分析。

父上はあまりの衝撃に言葉を失い、へたりと床に座り込んでしまった。

「そ、そちはいったい……三歳の童が、なぜこのような計算の理を……?」

父上の目が、私をまるで得体の知れない化物を見るかのように震えている。

ここで「前世の知識よ」などと言えば、間違いなく狐憑きとして祈祷師を呼ばれてしまうだろう。

私は最高の可愛らしい笑顔を作り、小首を傾げてみせた。

「夢枕で仏様が教えておくれやしたのじゃ。父上をお助けせよ、とな」

「ほ、仏様が……観音様のお告げと申すか……!」

中世の人間の、信仰心と迷信に対する異常なまでの無防備さ。

それは、歴史オタクである私が誰よりも熟知している弱点だった。

父上は震える手で私が書いた複式簿記の帳面を受け取り、そこに記された数字の羅列を食い入るように見つめた。

代官の不正の証拠と、我が家のリアルな借金の額。

もはや、目を背けることは許されない事実がそこにあった。

「……まことじゃ。薫子の言う通り、この数字の減り方はおかしい。代官め、私を騙しておったというのか……!」

父上の顔に、領主としての怒りと、娘の異常な知性に対する畏怖の念が浮かび上がる。

『よし。これで第一関門突破ね』

私は心の中でガッツポーズをした。

「父上。この帳面を使えば、銭の動きはすべて日の本晴れのように明らかになりまする。私が、お家の銭のやりくりを手伝いましょうぞ」

「あ、ああ……頼む、薫子。いや、観音様の申し子よ。この愚かな父を救うてくれ……!」

父上は涙ぐみながら、三歳の私に向かって深く頭を下げた。

それは、この家における実質的な『権力の交代』を意味していた。

幼女の皮を被った冷徹な経営コンサルタントが、領地の財政権を完全に掌握した瞬間である。

『さあ、無駄な支出は削って、タネ銭を作るわよ。世界を変えるための第一歩は、肥料の買い付けからよ!』

私は、純真無垢な幼児の笑顔を顔に貼り付けたまま、心の中で獰猛な野心を燃え上がらせていた。