作品タイトル不明
89「月読先生の登場じゃね?」
「お兄ちゃん!」
「妹よ!」
美脚の神は夏樹を地面に横たえると、人質にされていた妹の身体をこれでもかと抱きしめた。
「怪我はないか? 何もされなかったか?」
「うん! うん!」
美脚の神が夏樹を勧誘し、決裂したら戦った理由は人質を取られていたからだ。
どうりで戦う意志はあっても、殺意も敵意もないわけだ。
「……とりあえず、移動しようぜ……なぜか橋が崩れそうだ」
「……妹を助けてもらった身で言うのは忍びないが、君の一撃のせいだがね!」
回復魔法を重ねがけして怪我を治した夏樹がゆっくり立ち上がる。
夏樹の一撃は斬られ消滅した新たな神々と共に橋を両断している。
いつ崩れてもおかしくない状況だった。
「いやいやいや、全部新たな神々のせいだもん! 俺のせいじゃないもん! 俺は人命救助を優先しただけだもん!」
「――それでもやりすぎですよ、夏樹くん」
夏樹と美脚の神たちとは違う声が響く。
美脚の神は反射的に身構えるが、夏樹は声の主に心当たりがあった。
「――月読先生!」
「こんばんは。橋姫から悲鳴のような連絡が来たので何事かと思えば、新たな神々でしたか。どうやら、私に感知させないように細工をしていたようですね。今の私は人の身であるため、どうしても隙が多いですね」
グレーのスーツに身を包んだ月読命は、ぱんっ、と手を鳴らす。
すると、両断されていた橋が時間を巻き戻したように戻った。
「崩れてしまう前ならば、なんとかなりましたね。あちらの橋脚も直しておきましたよ」
「さっすが月読先生! これからバトったら必ず連絡しますね!」
「……夏樹くんが巻き込まれているのは重々承知していますので、ほどほどに、と言っておきましょう。――さて」
夏樹に治癒術をかけた月読命は、美脚の神を睨んだ。
「新たな神々とお見受けします。私は月読命。今は人の身となり教師をしていますが、あなたたち新たな神々と敵対している神でもあります」
「――あなたの噂は予々聞いています。私たちは美脚の神だ」
「…………は? 美脚……あ、いえ、そういう神もいるでしょう。失礼しました」
さすがに月読命も美脚の神なる存在がいるとは思わなかったようで名乗られてびっくりしていた。
だが、咳払いをして仕切り直す。
「夏樹くんを狙ったようですが、どう落とし前をつけるつもりですか?」
月読から放たれた圧が美脚の神を襲う。
ふたりは顔をあげていられず、ひれ伏す形となった。
「私は人間たちに影響を与えないように、いざという時しか戦えませんが、大事な生徒を狙われたのであれば、私の中では十分すぎるほど「いざ」です」
「待って待って、月読先生! この人たちは美脚を人質に取られていたから」
「……申し訳ありませんが、私にもわかるような言語で喋ってください」
「あれー? えっと、だから美脚の神さんは妹さんを美脚質に取られていて、だから俺を勧誘するか戦うしかなかったってことで、ひとつお目溢しを」
「美脚質って言葉、初めて聞きましたよ! ですが、夏樹くんがそういうのなら、いいでしょう」
月読は圧を解く。
すると、美脚の神たちは、呼吸が止まっていたのか汗をかきながら大きく呼吸を繰り返す。
「ありがとう、月読先生」
「構いませんが、珍しいですね。夏樹くんは一度でも敵対したら容赦無く惨殺すると思っていましたが」
「俺、どんな風に思われてるの!?」
「人質を助けるために協力するとは、いったい、なぜ?」
「美脚だからさ!」
夜空に負けないくらい輝く瞳で答えた夏樹に、月読は「あ、はい」となぜか引いてた。