作品タイトル不明
82「感動の再会ではなくね?」④
七森家当主七森康弘は、やり切った顔をしてトイレから出てきた。
「いや、すまんすまん。ビッグウェーブも落ち着きつつあるが、油断できないな。あ、タブレット返すね」
「……このおっさん、人の家のトイレを三十分も占領していやがった。信じられねぇ」
タブレットを受け取った千手は顔を引き攣らせる。
康弘は、帰るつもりがないのかソファーに戻ると、「暖かいお茶をいただけないだろうか?」と図々しい。
「……悪いが、茶はねえ。コーヒーか紅茶ならあるぞ」
「ぽんぽん痛いのにカフェインはちょっと」
「……俺は、優しいから、お湯をだしてやる」
キレた方が負けだと自分に言い聞かせ、千手は水を入れたやかんに火をかけた。
「千ちゃんがパパのことを警戒しているのはわかる。私は決して良い父親じゃなかった。謝罪しても許されることがないことも覚悟している」
「そりゃ良いことだ」
キッチンに立つ千手の背中に、康弘が話しかける。
「千ちゃんが英智にいじめられている時も私は助けられなかった」
「別に、助けてもらいたかったなんて思ってねえよ」
父が助けずとも、家の人たちが助けてくれていた。
優しい人たちに悪意が向けば、千手もやり返すことを覚えた。
「言い訳をするつもりはないが、七森家の当主なんて言うと院での重鎮として扱われるが、妻の実家には頭が上がらなくてな」
「…………言い訳に聞こえるが、勝手に喋るなら続けろ。俺は聞きたくねえ」
「よくある政略結婚だ。相手は家の歴史こそ浅いが金だけはあってな。歴史はあっても金がない七森家と繋がるにはお互いにちょうどよかった。愛のない結婚なんていうつもりはないが、千ちゃんも知っているように妻は性格がキツくてな。たまたま出会った一般人の千ちゃんのママに出会って、その、癒しを求めてしまったんだ」
「……ダーリン、このおっさん一発殴って良い? 純愛派のあたい的にはぶっ殺し案件なんだけど!」
「やめてやれ。それに俺には何も聞こえねえ」
今まで親子の語らいを邪魔せずに静かにしていた虎童子だったが、理由はどうあれ結婚しながら浮気をした康弘のことはお気に召さなかったらしい。
「……ダーリンがそう言うなら」
「その後のことは特に語ることはないさ。側近の森山田と分家の力を借りて、生まれた千ちゃんを引き取った」
「……おっさん、ダーリンの母親はどうしているんだよ?」
「ちゃんと生きているよ。元気で、再婚して子供もいる」
「……わお!」
「数年、金銭面での支援は謝罪の意味を兼ねてしていたんだが、支えてくれる良い男ができたんだ。私は祝福したよ」
「つ、つまり、とらぴーの義理の弟か妹がいるってこと!?」
「……娘が生まれたと聞いている」
「……義理の妹が……酒呑童子五姉妹かぁ」
「虎童子ぃ! 一般人を鬼姉妹にカウントするんじゃねえ!」
聞こえない、と言いながらもつい突っ込んでしまった。
千手は、己のツッコミ属性を恨んだ。
「……はぁ。俺はあんたの奥さんに、母親はしょうもないと聞いていたんだが」
「そりゃそう言うだろ。一般人なのに、停止の魔眼を持つ子を産んだ千ちゃんのママに魔眼を持たない子を産んだあの女は嫉妬していたからな」
「くだらねえ。だけど、まあ、良いさ。俺の母親が今も幸せなら、な」
「……会えるぞ?」
気を遣うような康弘の言葉を千手は笑い飛ばす。
「遠慮しとくわ。せっかく幸せなご家庭を築いているのなら、俺のような裏稼業の人間が関わることはねえ。それに、俺は今が充実している。家族と呼べる友がいる。十分すぎるほど、幸せだ」
「……ダーリン……あたいのことを奥さんって」
「言ってねえよね!? ちょっとしんみりするところなのに、ツッコミさせないでくれる!?」