作品タイトル不明
9「トイレはつい気を抜いちゃうんじゃね?」
「どーこ行っとったんじゃ、夏樹ぃ! 迷子かと思ったんじゃぞ!」
「ちゃんとスマホのGPSを動かしておいてほしいっす!」
「……あの、俺中学生で、向島市で育ったんだからさすがに迷子にはならないからね?」
千手と虎童子と一緒に夏樹は小梅と銀子と合流したのだが、迷子扱いされていたようだ。
夏樹は不服です、と頬を膨らませる。
「夏樹の場合は迷子の感覚で異世界に行ってしまうかもしれんのじゃからな! 心配になるんじゃ!」
「そうっすよ! 大暴れして世界を滅ぼしてひょっこり帰ってくるかもしれないっすけど、こっちは心配になるっすよ」
「さすがに異世界だとGPS機能しなくね!?」
「……ツッコむところはそこでいいのか、由良ぁ」
兄弟と揉めた千手は、ツッコミにいつものキレがなかった。
「……なんじゃ、千手? 元気がないのう」
「さっきまではあったんですけどねぇ。面倒ごとがやってきたというか、放置していたツケがきたというか」
「なんのことじゃ?」
「ダーリンのビッグウェーブがきたんだよ!」
「なおさらどういうことじゃ!?」
「虎童子ぃ! 説明が足りてねえし、チョイスするところに悪意しか感じねえんだけどなぁ!」
なんのこっちゃ、と小梅と銀子が首を傾げた。
千手はガリガリと頭をかくと電子煙草を咥えて心を落ち着けようとする。
「……千手さんのブラザーがきたんだよ」
「ほう。千手のどっちじゃ、弟? 兄貴?」
「両方だったよ」
「ちょっと待ってほしいっす。千手さんのお兄さんてことは次期当主と別に名高くなかった七森英智さんっすよね?」
「……名高くなかったんだ。なんかかわいそう」
夏樹は、血走った顔をしていた男を思い出してちょっと悲しくなった。
「私が知る限り、七森英智さんは千手さんの停止で動けなくなったって聞いてますけど」
「よく知ってるな、青山の姉御。一応、病床ってことになってるんだがな」
「そりゃツテはあるっすから。――創作仲間はどこにでもいるっす!」
「……腐った仲間のツテじゃった」
「腐ったっていうのやめてくれませんっすか!?」
どうやら銀子の仲間は七森家にもいるらしい。
千手にはまるで心当たりはないようだ。
人の趣味をとやかくいうつもりはないようで、深掘りはしない。
「んで、千手はあれか、親兄弟と仲が悪いんか?」
「なんていうか……まあ、面倒ではあるんじゃないかなって思いますよ」
一登と待ち合わせしている場所にいくまでの間に、千手は少し自分語りをした。
かつて夏樹に語ったことよりも、掘り下げた話だった。
愛人の子であること、初代当主以来の停止の魔眼持ち、才能があったせいで敵視された、当主には興味がない、しかし良くしてくれた人たちに害を与えたので後先考えずに停止をした。
その停止がなぜか切れてしまったこと。
トイレで「いざ!」という瞬間に停止された兄がどうなったのか、察してほしい。
「千手もえぐいのう!」
「……まあ、トイレはある意味気を抜くっすからね」
「そういえば、俺も異世界でふざけた悪徳貴族をどこで襲撃しようと考えて、一番護衛がいなかったのがトイレだったなぁ。風呂だと護衛がいるんだよ! トイレが一番少ない!」
「……俺様は、異世界の貴族がトイレに少ないとはいえ護衛を連れて行ってることにびっくりじゃ。羞恥心ないんか?」
「あったらあんなクズの人間ばかり量産する国にならないっすよ!」
「そりゃそうじゃな! かっかっか!」
何がツボに入ったのか、小梅と銀子が笑う。
夏樹も懐かしいなぁ、と過去として割り切れていた。
そんな三人を見た千手と虎童子は「こいつらやべぇ。とくに由良がやべぇ」と怯えていた。