軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

97「お別れじゃね?」

夏樹の師匠は、どこか穏やかな顔をしていた。

夏樹は「別れ」と言われ、この世界を去る自分に挨拶をしにくれたのかと思った。

「師匠、どうもありがとうございました」

「ほ?」

夏樹は誠意を込めて、深く頭を下げた。

「以前は、あなたの指導も故郷に帰るために利用してやろうという感情しかなく、失礼も多々あったでしょう。だというのに、今回もまたお世話になり……言葉もありません」

「ほほほ、あまり気にするでない。故郷に帰りたい気持ちは痛いほどわかる」

「――師匠」

「夏樹はよう頑張った。強くなった。わしの唯一の、可愛い弟子じゃよ」

「師匠……ありがとうございます」

老人は、夏樹の肩を力強く叩いた。

「だが、まだこの子たちの力はすべて解放されておらぬ。夏樹の力も、まだまだ強くなる。精進しなさい」

「はい!」

「とはいえ、ほどほどにのう」

老人が笑う。

夏樹も笑った。

「名無しは夏樹たちについていくことにしたようじゃ。片割れと一緒になるかどうかはまだわからぬようだが、この子もお主の大事な相方じゃ。大事にしてやってほしい」

「もちろんです」

「看守のはずだったが、長い時間を共にいたので娘のように思っている。優しくしてあげてほしい」

「お任せください!」

老人の後ろで名無しが「誰が娘よ」と呟いているが、少し顔が赤かった。

「これでわしの役目も終わりだのう」

「――師匠?」

「とても長かった。多くの出会い、別れがあり、ラブコメもたくさんした」

「師匠ぉ?」

「冗談じゃよ。夏樹よ、長い時間生きたわしからの最後のアドバイスを送ろう」

「はい!」

「――愛を大事になさい。いつだって、人を支え強くするのは愛じゃよ」

夏樹には愛は難しい。

この世界で人間不信になったし、元の世界でも人の嫌なところばかり見てきた。

小梅、銀子、星槍さん、家族たち、友人たちが大好きだ。

愛情を抱いているとも言える。

だが、この気持ちが本当に愛なのか、不安になることもある。

「お主がたくさん傷ついていることも、心の傷が癒えていないこともわかっている。できることなら、師匠と呼んでくれるお主のために時間を使い心穏やかにできるよう力を貸したかった。不甲斐ない師匠ですまないと思う」

「し、師匠、お身体が!」

老人の身体がうっすらと光り出す。

指先から少しずつ粒子になっていく。

「お別れの時間じゃ。わしはもう死んでいる。この子たちの看守となるために生きながらえてたに過ぎぬのだよ。だが、その役目も終わった。この子達も十分に償った。ならば、解放し、わしもお役目ごめんとなる」

左腕がすべて消えた。

老人は残った腕で夏樹の頭を優しく撫でた。

まるで祖父が孫を慈しむような、優しく、穏やかで、愛情のこもった手のひらだった。

「わしの僅かに残った力を渡しておこう。いつかお主の役に立つことを願っている。お主はこれからもトラブルに愛されそうな予感がするのでのう、いつも通り真っ正面から立ち向かいなさい」

「……はい、はい、師匠!」

老人は、星槍さんと名無しに顔を向けた。

「お主たちも、元気で。幸せになりなさい」

「……じじぃ」

「クソジジィ」

「ほっほっほ、最後まで変わらぬのう」

「だって、名前知らないし」

「――ほ?」

老人は驚いた顔をした。

右手で髭を撫でると、苦笑いする。

「そうであったか、すまぬすまぬ。ならば、最期に名乗ろう。どうか、こんなじじぃがいたことを覚えていてくれると嬉しい」

老人は名乗った。

「わしの名は――翔・ディロン・マルセー・ロットロット・ナイジェルマリー・赤星」

「名前なっがっ!」

「ちょ、一回じゃ覚えられないんですけど!」

「どういう種族でそんな名前なの!?」

想像していたよりも長い名前に、夏樹たちが叫ぶ。

「ちょ、まった、どこかで似たような名前が」

「呵呵呵! 愛弟子よ、娘たちよ、良き人生を! ――さらば!」

老人――翔・ディロン・マルセー・ロットロット・ナイジェルマリー・赤星の身体が消えていく。

夏樹の脳裏に、出会いから再会が再生されるように浮かんだ。

長い時間を過ごしたわけではないが、大切な時間だった。

笑顔を浮かべたまま消えていった師匠に、夏樹は叫んだ。

「師匠ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」