作品タイトル不明
58「一登なら心配ないんじゃね?」②
目を血走らせた綾川杏が剣を振るう。
彼女は聖剣と言っていたが、実際はこの世界を支配していた魔神が持つ神剣である。
その事実を知るものは少ない。
■
「――ご主人様、彼女の持つ剣は神剣ですわ」
「神剣?」
杏が振り下ろした剣を受け止めながら、一登は火輪の剣と会話をする。
「文字通り神の剣ですわ。わたくしとは少々違う。言いたくありませんが格上の剣です」
「……力は強いと思う。こうやって見ているだけで、怖くなるよね。でも、夏樹くんの聖剣さんほど――」
「あれと比べないでくださいまし! いくら神剣であっても星を砕くことはできません! 剣は剣なのですから!」
「え、じゃあ、聖剣さんって」
一登の疑問は強制的に止められた。
「ぐっ」
今までにない力で押される。
杏の小さな身体のどこにそんな力があるのかと不思議で仕方がない。
「ご主人様! 彼女は神剣の力はほとんど使えていません! しかし、この剣で斬られると体力や気力、魔力を奪われます! 最悪の場合は命までも!」
「――なんて厄介な剣だ!」
強化された一登が杏にさらに押される。
どれだけ踏ん張っても、ずるずると後退させられてしまう。
「斬られることだけは絶対に避けてくださいませ!」
「わ、わかった!」
「最悪の場合は、彼女ごと」
「それは駄目だ!」
「――っ、申し訳ございません」
一登はすでに命を奪った経験がある。
言葉にできない感情が今も渦巻いているのも認める。
しかし、杏を殺すということだけはできない。
甘いと言われようと、馬鹿だと言われようと、絶対にできない。
「来ますわ!」
「――っ」
杏は剣を片手持ちして、空いた右手で拳を作り、一登の顔面に叩き込んできた。
不意打ちであることや、一登は両手で聖剣を握っていなければ完全に力負けしてしまうため、甘んじて拳を受けることしかできなかった。
「ご主人様!」
「だい、じょ、うぶ!」
一登も無抵抗で顔を殴られた経験はあるが、ここまで痛いのは初めてだ。
だが、耐えられる。
他でもない、杏が苦しげに涙を流している間は、我慢できる。
「――助っ人します!」
「ごめんね。気持ちは汲んであげたいけど、見ていられない」
水無月姉妹が、杏の左右に立ち手に持つ剣を地面に突き立てた。
「――縛」
霊力の糸が杏を絡めとり、動きを封じた。
拳から解放された一登が距離を取り、鼻を抑える。
「よう頑張ったね」
円が数枚の符を取り出し、一登の顔や身体に貼ると、ゆっくりと傷が癒えていく。
「円さん……ありがとうございます」
「ええよ。ボクと水無月はあんまり活躍の場がなかったんけど、こういう補佐も大事やからね。それにしても……あの子、面倒くさいことになっているみたいやね」
「わかりますか?」
「なんとなくやけど、わかるんよ。絶望の神の支配は受けとる。それは間違いないんやが、あっちでアマイモンにボコボコにされとったから時間の問題かと思ったんやけど、終わる気配がないんよね」
「杏の持つ神剣は力を出していないそうですけど」
「――あらら、強い剣やとは思っとったけど、神剣なんて面倒なもん持ってるんね」
治療が終わり、一登の顔から腫れが引く。
鼻も折れていたようだが、治っている。
「……ありがとうございます。でも、まだ頑張ってみます」
「うん。ボクも協力するから一緒に――って、なんか来る」
「え?」
再び火輪の剣を握りしめて杏と向き合おうとした一登だったが、円が肩を掴み止めた。
「水無月の! 離れ!」
円の声に、水無月姉妹が揃って距離をとった。
その判断は正しかった。
杏を中心に、魔力が吹き荒れ、彼女を拘束していた霊力の糸が断ち切られる。
「あはははははははははははははははははははははははははは!」
そして、杏のものではない笑い声が響いた。
楽しそうな、陽気な声だ。
この場に不釣り合いであり、不愉快だった。
「――どうして」
杏の背後には、松島明日香がいた。