作品タイトル不明
57「一登なら心配ないんじゃね?」①
三原一登は、満身創痍だった。
身体中に裂傷を作り、今まで経験したことのない量の血を流していた。
出血量で目が霞み、手に力が入らなくなっている。
「――ご主人様……もう無理ですわ。彼女はもう」
自分を選んでくれた火輪の剣が、語りかけてくれるが、一登は意固地に首を横に振って拒否する。
諦めることはできなかった。
「ごめんね、火輪さん。でも、俺は絶対に杏を諦めることはできない」
一登を傷つけているのは、絶望の神によって支配されている綾川杏だった。
夏樹の義理の妹であった彼女は、一登にとって幼馴染みでもある。
同級生ということもあり、夏樹よりは接点が多かった。
一登にとって杏は初恋の相手でもあったし、今でも想いはある。
だが、今の一登にとって杏は引きずってでも連れて帰る存在だった。
想い人だったから助けたい、ではなく、地球に待っている家族がいるから何がなんでも連れて帰る。
――それだけの思いで戦っていた。
一登が消耗している原因は戦いの理由にあった。
杏を殺さないことを前提で、戦っているのだ。
対して、杏は絶望の神に支配されているので攻撃に遠慮がない。
苦戦するに決まっている。
「夏樹くんだったら――」
弱気になっているせいか、不必要なことを言ってしまいそうになって慌てて口を閉じた。
夏樹だったら、などと考えても仕方がない。
戦っているのは自分自身だ。
比べる必要がない。
「……彼でしたら、容赦無く斬り殺すと思いますが」
代わりとばかり火輪の剣がそんなことを言う。
一登は苦笑した。
「かもしれないね。でも、夏樹くんは優しいから」
一登は知っている。
一登だから知っている。
由良夏樹は、言動に問題があるし、暴力で物事を解決することもある。
それが目立つので『向島市のなまはげ』『向島市の三大悪夢』などと呼ばれもしているが、一登が知る限り、誰よりも心優しい人間は、由良夏樹だ。
彼が勇者と聞いて、納得できた。
――なぜなら、一登にとっていつだって夏樹は勇者だったからだ。
夏樹だけだ。
三原優斗という厄介者の弟である自分を親友と呼んでくれたのは。
一番嫌っている人間の弟とどうして仲良くできる。
三原一登は由良夏樹に救われた。
由良夏樹に憧れた。
由良夏樹を目指した。
ずっと背中を追いかけてきたのだ。
――そして、今、隣に立てないまでも一緒に異世界にいる。
一登にとって、どれほど嬉しいことか他の誰にもわかるまい。
――だから、すべきことはするのだ。
――夏樹だから、夏樹だったら、ではなく、三原一登として。
――勇者でもなんもない中学生として。
一度は惚れた幼馴染みの性格の悪い少女を、引きずってでも地球に連れて帰る。
「――今、助けてあげるからね、杏」