作品タイトル不明
56「ぜっくんの敗北じゃね?」
絶望の神は、アマイモンによってこれでもかと叩きのめされていた。
すでに力は残っていない。
原型を留めることにすべての力を使い果たしていた。
「――な、ぜ」
「私がお前よりも強かった。ただそれだけのことだ。気にすることはない。お前も強かった」
アマイモンの言葉は慰めにならなかった。
手も足も出ず、一方的に痛めつけられただけの絶望の神に「強かった」という言葉は、侮辱以外の何ものでもない。
怒りが湧いてくるが、それだけ。
もう動くことができない。
「由良夏樹が帰ってきたぞ? 門の神も倒れた。ブレイバーズ王国の兵も王族も佐渡祐介によって浄化され、捕縛された」
「…………絶望、だ」
「違うな。お前は遊びすぎた。由良夏樹を放置していればよかった。魔族側につけばよかった。お前が前面に立ち早々に魔族を殺しておけばよかった。神らしい余裕だったが、その余裕が足を引っ張ったな」
絶望の神は反論しなかった。
絶望を与えるために、絶望を広げるために、余計なことをした。
殺せば終わりな相手も、甚振った。
無駄な知識を人間に与え、欲を煽り、見守った。
無駄な時間といえば、それまでだ。
――しかし、この行動こそ絶望の神の絶望の神たる所以なのだ。
少しでも絶望をさせるために。
次の絶望を得るために。
絶望が蔓延する世界を作るために。
「絶望だけでは神話は作れない。希望がなければ、人々は興味を抱かない。……いや、そもそもこの世界には絶望が少ない。おそらくだが、一番の敗因はそこだろう」
絶望の神もわかっていた。
この世界は、絶望があっても、現代の地球ほどではない。
魔族たちは境遇に挫けず前に進み、わずかな希望を目指している。
そのあり方は、絶望ではない。
生きていれば絶望する日もある。
だが、希望を抱く日もある。
常に絶望する者など少ない。
そして、この世界の人間は酷かった。
為政者たちは、絶望などしない。
快楽主義で、傲慢。人のことなど考えない自己中心な人間ばかりだ。
そんな人間が絶望するだろうか。
否。
しない。
そんな為政者に虐げられる人々は、絶望を通り越していた。
絶望という感情を抱くことさえできない。
だから絶望の神は戦いを起こした。
戦いの中で絶望を抱かせようとしたのだ。
成功はした。
したが、特別強くなったわけではない。
絶望の神は強い。
新たな神々の中で、上から数えた方が早い強さを持つ。
真面目にさえ戦えば、門の神よりも強いだろう。
だが、それだけ。
強い神や魔族などたくさんいる。
由良夏樹のような規格外もいる。
地球にいようと、この異世界にいようと絶望の神の力はかわらなかった。
無駄な時間を過ごしたとは言わない。
楽しくもあった。
神らしく振る舞ったことも心地いい。
――が、その次がなかった。
「安心しろ、絶望の神よ。お前の敵討ちなどではないが、由良夏樹は私がきちんと殺しておいてやる」
「それは……絶望的に、魅力的だ」
「サタンやサマエルにはもちろん、七つの大罪の魔族たちにさえ歯牙にも掛けられなかった私が強くなったのは――お前と同じだ。自分が強くなりたかったからという利己的なものだ。しかし、それでいいのだ。神も、魔族も、人間も、自分勝手な願いによって強くなるのだから」
絶望の神の意識が薄れていく。
アマイモンは止めを刺すことなく背を向けた。
「私と由良夏樹の戦いを見ていろ。絶望ではなく、もっと他のなにかを求めることができれば――」
続きは聞こえなかった。
意識が薄れているせいか、アマイモンが言葉を止めたのか。
ただ、わかるのは、彼の背中が小さくなっていくことだけ。
遅かれ早かれ、自分は死ぬだろう。
やりたいことをやったので満足している。
だが、できれば、アマイモンと夏樹の戦いを見たいと思う。
絶望とは関係なく、初めて、戦いそのものに興味を持った。
「ねえ、ぜっくん。もういらないなら、その身体私にちょーだい?」
そんな絶望の神の耳元で、絶望的な声が響いた。