作品タイトル不明
46「茨木童子としののんじゃね?」①
安倍東雲は、星熊童子と熊童子を背に庇い残ったすべての符と霊力を使い防御に徹した。
松島明日香の最後の足掻きとも思える爆発は、不幸中の幸いというべきか、展開していた結界によって阻んだ。
他で戦う仲間たちに影響はないと信じたい。
代わりとばかりに、爆炎は全て東雲たちに向かってきた。
「…………はぁっ、はっ、はぁっ……霊力すっからかんや、星熊童子と熊童子の力を借りとらんかったら、燃えて死んどったね」
「助かったのは、こっちだ。姉貴にあこそまでやられて死なねえ人間がいるとか、意味がわかんねえ」
「べあべぁ」
ゆっくり炎が消えていく。
無傷では済んでいない。
東雲の上半身、特に符を持って突き出していた右側はひどい火傷だ。
結界も最後まで保ったわけではなく、半壊した。一番防御力のない東雲を星熊童子と熊童子が庇ってくれたおかげで死は免れた。
その代償は大きく、星熊童子と熊童子も大火傷を負っている。
「……お互い、なんとかなったようやね。それにしても、なんて子や……爆炎が襲いかかってきたときは終わったって思ったんけど、直撃する瞬間に弱まったのが奇跡やった……いや、違う、違うやろ。そんな都合のいいこと起きるはずがあらへん!」
東雲は未だ炎が消えていない結界の外に飛び出す。
「――いばちゃん!」
探し人はすぐに見つかった。
東雲たちの少し前に、手を広げて爆炎の直撃を受けた茨木童子の姿があった。
彼女が盾になってくれたおかげで、東雲たちは死ななかったのだ。
「……あ、ああ、そんな」
両手を広げているはずの茨木童子だったが、左半身が消失していた。
腰から顔にかけて焼け落ちていた。
残った右半身も、火傷だらけだ。
美しかった顔も見るも無惨になっている。
「……よかった、しののん……星熊……熊……生きている、のね」
「あ、ああ、君のおかげや」
「姉貴!」
「べあ!」
東雲の背後から、星熊童子と熊童子も何が起きたのか理解し、駆け寄ってくる。
茨木童子の身体を支えようと東雲が手を伸ばすが、彼女に触れる前に倒れてしまった。
受け身も取れず地面にぶつかる茨木童子を東雲は優しく抱き起こす。
「……ああ、幸せ……しののんに、抱きかかえてもらえるなんて」
「いばちゃん」
「……まだ……いばちゃんって呼んでくれるのね」
「……もう、癖やね」
東雲は泣きそうな顔で苦笑いをした。
茨木童子も唇を少し動かし、笑ったのだとわかる。
「――今度は間違えなかった……大切なものを、ちゃんと大切だとわかって、守れた……生き返った、意味が……あったわ」
茨木童子の呼吸が浅くなる。
「姉貴!」
「べあ!」
「かわいい、妹たち……聞きなさい…………人といきなさい。九尾や、酒呑童子のように、人と共に生きなさい。気が向いたら、人のために戦ってあげなさい。そうすれば、きっと、鬼もまだ日本で居場所があるわ。居場所を無くした私が言う、台詞じゃ、ないけれど」
「いばちゃん、自分の血を」
「いらないわ」
鬼が回復するのに、最も有効的なのは生き物の血肉だ。
とくに霊力を持つ人間の血肉は、力となる。
東雲は自らを差し出そうとした。
今更、少しくらい齧られたところでどうってことはない。
「……なんでや?」
「私は、もう人間を食べないと決めたの」
「じゃあ、俺たちを!」
「べあべあ!」
「馬鹿ね……妹たちの肉を食ってまで、生きたくないわ」
東雲には、茨木童子が死を受け入れているのだと理解した。
「しののん……いえ、安倍、東雲」
「なんや?」
「私の言える、台詞ではないけれど――幸せになって」
茨木童子は焼け爛れた右手で、そっと東雲の手を触れた。
「安倍、円にも謝っておいてね。人生を、狂わせて、ごめんなさい、って」
「円は今、幸せや。謝る必要なんてない」
「なら、よかった。最後に、これだけは、言わせて」
茨木童子は唇を震わせて、言葉を紡いだ。
「たくさん……酷いことをしたし、傷つけもしたけど……私が、安倍東雲を心から愛していたことだけは、本当、よ。それだけは、信じて、お願い」
「しっとったよ。それだけは、うん、しっとったよ」
「…………ああ、よかった」
東雲の言葉に、安堵の息を吐き――茨木童子はゆっくり目を瞑り、呼吸を止めた。