作品タイトル不明
71「杏の変化じゃね?」
ぜっくんたちよりもはるか後方。
「――来たか、由良夏樹。ようやく戦いの時間か。楽しみだ」
魔族アマイモンは幼い顔に獰猛な笑みを浮かべていた。
あまり感情を表に出さないアマイモンだが、今は高揚しているようだ。
「アマイモン様がお喜びだ! 由良夏樹、てめえの存在を認めてやろう。せいぜいアマイモン様を楽しませろ! ……でもさ、一番強い奴が最初に飛んでくるってどうよ?」
同じく魔族ガープも、敬愛するアマイモンが喜んでいることに歓びを抱いている。
「……お兄ちゃん」
綾川杏は剣を握りしめて、複雑な顔をしていた。
三原優斗や絶望の神ぜっくんと一緒にいるときには、考えたこともなかったが、今の杏には「このままでいいのか?」という迷いがある。
兄である夏樹を慕っていることは嘘ではない。
隣に自分がいないのに、他の女がいることも苛立たしい。
――しかし、杏は自分が夏樹の隣に立つことができないほど酷いことをしたと理解している。
最初は、そんなこと思わなかった。
考えもしなかった。
ガープとアマイモンが何度も自分の言動のどこがおかしいのか噛み砕いて説明してくれたおかげで、ようやく自覚した。
――綾川杏は由良夏樹に許されないことをした、と。
夏樹だけではない。
義理の母だった由良春子にも、実父綾川誠司にも、友人として決して離れなかった三原一登にも酷いことをたくさんした。
それでも、謝罪をしたいという感情と、兄が欲しいという感情がひしめき合っているのだ。
まだ頭にモヤがかかっている感覚はするが、それでも今までよりすっきりしている。
謝りたい人は他にもいる。
なぜ自分は兄たちの敵側にいるのだろうか、とも思う。
「……あの男は本当に人間か?」
杏の肩に手を置いたアテーナーが夏樹を見て、そんな感想を抱く。
「人間だ。人間でもあれほど強くなれるというよき手本だ」
「……俺は人間辞めてると思いますが」
アマイモンとガープの夏樹への感想は違う。
「我々の時代でも、あそこまで強い人間は少なく、大半が神となった。この現代で、あれほどの力を持ったことを哀れに思う」
「――哀れ?」
杏はアテーナーを伺う。
強いことが哀れとは思えなかったのだ。
アテーナーは優しく微笑む。
「人の人生は、映画や物語のようにはならぬ。あの少年のように強ければ、さぞ日常生活に支障がでるだろう」
「実際出てるじゃねえか。ゴッドに派遣されて異世界にいるとか、支障出まくりだよ!」
「ガープの言うこともそうだ。個人的にはどこまで使いこなせているのか気になる」
アテーナーの目から見ても、夏樹は強かった。
「つーか、ぜっくんと仲良くしていたあんたがなんでここにいるんだよ!」
「そうつれないことを言うな」
ガープの言葉通り、アテーナーは最初こそぜっくんと共に行動していた。
それでも杏のことは気にかけていたことは知っている。
杏がこの世界に来てからは、行動を共にしなくなっていた。
「言うほど長く付き合いがあるわけではない。この世界に来ることが決まってから誘われたので承諾しただけだ」
「……マジかよ。俺たちよりも付き合い浅いじゃねえか」
「しかも! あの腐れ絶望の神め! 誰ひとりとしてイケメンを紹介してくれないではないか!」
「……それマジで言ってたのかよ」
「それ以前の話として、あの女が近づく者をすべて取り込んでしまうので出会いも何もない! もっと言うと、この世界の人間は性根が腐っているので嫌だ!」
「あんたなぁ」
「もう今から反旗を翻して由良夏樹側につきたい気分だ!」
「ならば、今からでも遅くない」
突如、背後から男の声がした。
アテーナー、ガープ、杏が振り返る。
アマイモンは気づいていたようで、ぴくりともしない。
彼の視線は、夏樹だけに注がれている。
「迎えに来たよ、我が妹」
「――まさか、なぜ」
学生服を着た青年は整った顔に笑みを浮かべた。
「あーぽー、ろんろんろんろんろんろんろんろんろんろんろんっ!」
「主張強いな! この太陽神!」
ガープのツッコミが異世界の空に響いた。