作品タイトル不明
間話「やり直せるかもしれないんじゃね?」
綾川杏は、王宮の中の空気の変化に気づき、訪ねた。
「ねえ、ガープさん。アマイモンさん、なんだか空気が変じゃないかな?」
「……ほう。気づいたか。人の身では気づけないと思っていたが、敏感のようだな」
「杏の友達がやりたい放題やってるから、王宮の中が臭えだけだ」
テーブルで本を読んでいたアマイモンが目をあげ、杏を見た。
ガープはカレーの入った鍋をかき混ぜながら、「臭い」とはっきり言った。
「杏の友達って……まさかあの女のこと?」
「他に誰がいるんだよ。松島明日香と杏以外、地球から召喚した勇者は誰もいないぞ」
「――え? なんで?」
「気づいてなかったのか?」
「うん。だって、興味ないもん」
「……お前な……いや、別にいいさ。あんな雑魚どもがいようといなかろうとどうでもいいのは俺も同じだ」
ガープは言葉通り、王宮の面々や新たな神々たちと交流は最低限だ。
ぜっくんも必要以上にガープたちに接触してこない。
アマイモンは日々鍛錬し、ガープはアマイモンを支えるために食事の支度を甲斐甲斐しくしている。
夕食時にはアテーナーが来て、四人で食事を摂ることが多い。
杏は、ブレイバーズ王国の王子を殺した件で、メイドたちから敵認定されている。他にも彼を支持していた貴族たちからも敵のように見られている。
ぜっくんが誘ってくれたので、彼らの部屋に出入りしているのだ。
今では、ふたりの隣の部屋に部屋を移動させて生活している。
「っていうか、明日香って何してるの?」
「知らないのか?」
「杏、何にもしらないもん」
「そっか。うーん。教えてもいいんだけど、中学生に教えてもいいんだろうか? セクハラとかで捕まらない?」
「この世界に警察はいないからいいよ! っていうか、セクハラに該当するような内容なの!?」
「そうなんだよ。あの女、天使も魔族も、神も新たな神々も、そしてこの世界の人間を老若男女問わず食いまくってるんだぜ」
「――食いって、そっちの意味?」
杏は頬を赤くする。
かつて三原優斗を理由に身体を差し出そうとしたり、パパ活に足を踏み込もうとしたこともあったが、実際はそちら方面での免疫はないに等しい。
「そうそう。ま、性的に食ったあとに、文字通り食っているからよりタチが悪いんだけどな」
「――え?」
「あー、すまん。口が滑った」
「べ、別に平気だもん。……明日香って、なんでそんなことしているの?」
「俺が知るかよ。ああいうどこか吹っ飛んだ奴って苦手なんだよな。きっと自分でもよくわかってなくて基本的に感覚で動いているんだ。だけど、意外とそれがうまくいく」
「――しかし、必ず大きな失敗をするタイプでもある」
ガープの言葉をアマイモンが引き継ぐ。
彼は本を閉じた。
「杏よ、松島明日香には近づくな」
「う、うん」
「アマイモン様との約束だぞ!」
「わ、わかってるもん!」
「あの少女を悪とは言うつもりはないが、関わるメリットがまるでない。放っておけば、暴走し、自滅する。その程度の人間だ。もっとも、今はもう人間ではないかもしれぬがな」
「それって」
「気にするな。どうせあの娘はもう引き返せぬ」
「う、うん」
アマイモンは明日香に対して興味がないようだ。
それはガープも同じであり、関わるだけ無駄だとまるで結末がわかっているような言い方をする。
「しかし、綾川杏よ。おまえは違う」
「アマイモンさん?」
「お前は、由良夏樹と因縁がある。事情は聞いたが、まだ間に合う」
「なにを」
「幼いゆえの過ちとしては酷いものではあるが、お前の心は腐っていない。母であった女性に心からの謝罪をし、父に心配をかけたことを謝ることができれば、元の生活に戻ることはできるだろう」
「でも」
「頑なになってしまう気持ちはわかる。自分の失敗を、認められないことは私にもあった。だが、それを認めることができ、反省し、次は失敗しないように努力することが大事だ。私は、杏がまだやり直せると信じている」
アマイモンは杏の肩に手を置く。
まるで祖父が孫を心配するような優しい目を向けていた。
杏は自らの拳を固く握る。
なにか思うことはあるようだ。
「はいはい、お話はそのくらいにして。今晩は、ガープママ特製のカレーよ!」
「――馳走になりにきた!」
鍋をテーブルの上に移動させたガープが空気を変えるように明るい声を出すと同時に、部屋の扉が勢いよく開かれてアテーナーが現れた。
「――今宵はカレーか。しかし、白い服にはこの色は天敵」
「なら食わなくていいんですけどぉ! ていうか、なんで毎日食べにくるのぉ!」
「この世界の食事は見るに耐えない」
「ならカップラーメンでもなんでも持参しろよぉ!」
ガープはアテーナーに文句を言いながら、お皿をちゃんと人数分用意した。
部屋の雰囲気が明るくなるが、杏はどこか胸の中にしこりのような物が残った。