作品タイトル不明
34「なんかヤバそうじゃね?」
綾川杏は、時間を持て余していた。
ガープは食事の支度に忙しく、アマイモンは鍛錬をしている。
構ってくれる人がおらず、かといって魔族側に攻めることも許されていない杏はすることがなかった。
「……メイドたちは杏とすれ違うたびに舌打ちしてくるし。あんなクズ死んだって別にいいじゃん」
杏はルーサー・ブレスコットを殺したことを後悔していない。
第三王女ジョスリンもそうだが、魔族に対して扱いが悪すぎるのだ。
魔族への忌避感がない杏からすると、なぜそうまでして敵視し、嫌悪するのか理解ができない。
いや、感情を向けているのならまだマシな方だ。
人間の大半は、モンスターと魔族の扱いが同じだ。
人と同じように生き、言葉を交わすことができる魔族に対してモンスターと同じだと思える異世界人の感性がわからない。
「はぁ。早くお兄ちゃんと会いたいのに」
「あ! いたいた! おーい、杏!」
「――うわ」
城壁の上から城下町の眺めていた杏は、背後から声をかけられて振り返ると、心底嫌そうな顔をした。
「うわって、ひどくない!?」
そこにいたのは、松島明日香だ。
快活な雰囲気を持つ、茜よりもひとつ年上の少女だ。
バスケ部に所属していた運動を得意とする少女だが、三原優斗だけではなく、バスケ部の男子の大半の不純異性交遊をしたことがきっかけで厳しい全寮制の女子校に転校したと聞いていたが、知らぬ間に異世界に勇者のひとりとして召喚されていたのだ。
杏にとって、一番会いたくない人間である。
「……なんですか?」
「なんですかって、素っ気ないなぁ。顔を見ないからどうしたのかなって思ってたのに」
悲しそうな顔をする明日香であるが、杏としてはあえて彼女とは近づかないようにしていた。
もともと馬が合わないこともそうだが、杏が慕う夏樹を幼少期から狙っているのが気に入らない。
最初こそ、三原優斗によって変にされた仲間だと思っていたが、明日香の場合は違う。
彼女は、ちやほやしてくれるなら誰でもいいのだ。
そこが決定的に、杏と違う。
「……ていうか、なんでそんなにおかしくなったの?」
「おかしいって、酷いこと言うなぁ!」
明日香は異世界に召喚されてから、時間さえあれば誰かと交わっている。
人間だけではなく、新たな神々や、天使などとも平気で身体を重ねている。
杏にはそのことが酷く恐ろしく思えた。
「人間も天使も食べて……どうするつもり?」
明日香は返事の代わりに笑顔を浮かべた。
杏が言った「食べて」は比喩ではない。文字通り食べているのだ。
人間の魔力、生命力を。
新たな神々や天使の力を。
エナジードレインできることは本人から聞いていたが、ついには力を奪われすぎて命まで食われてしまっている者が多い。
一時の快楽を得る代わりに、代償は大きいようだ。
明日香は、男も女も関係ない。
まとめて数人相手にすることもある。
そして、すべて食い殺している。
――明日香の力はすでに人を超えていた。
「言っておくけど、お兄ちゃんに手を出すなら」
「どうする? 私と戦って殺す? あははははは! 私は受けて立つよ! 杏のことも食べてみたいけど、この力でぐちゃぐちゃにしても面白そう!」
「……覚悟するといいよ。杏だって負けないから」
「強い剣を持っているからって、杏はそんなに強くないと思うんだけどなー。ま、いいや! 今日は喧嘩するつもりないよ! 貴族様からお呼びがかかってるんだ!」
「――気持ち悪い」
「あははははは! 杏のそういうところ好きだなー! せっかくだから一緒にどうって誘ってあげようと思ったんだけど、どうせ来ないよね?」
「当たり前じゃない! 杏はお兄ちゃんのものだもん!」
「そこがよくわかんないんだよね? 別に夏樹と今付き合っているわけじゃないんだから、別に誰と何をしてもいいじゃん?」
「……そういう問題じゃないでしょ!?」
「そういう問題だよ。それに、夏樹だって私が強くなってたくさん気持ちよくしてあげれば喜ぶはずだって。みんなそうだもん」
杏は「お兄ちゃんを一緒にするな」と怒鳴ろうとしてやめた。
明日香は本気でそう思っているのだ。
快楽に負けた名も知らぬ男たちと、夏樹を同列に扱っているのだ。
もう相手にする価値もない。
どうせ夏樹にも相手にされることはないだろう。
「もういい。じゃあね」
杏は明日香に背を向けた。
刹那、凄まじい悪寒と吐き気が襲う。
反射的に、無意識に、杏は剣を虚空から抜き構えていた。
「ふふっ」
明日香は笑うだけ。
天真爛漫を思わせる笑顔に、杏はぞっとした。
「またね」
そう言って手を振る明日香がの姿が見えなくなるまで、杏は構えを解けなかった。