作品タイトル不明
85「この人誰なんじゃね?」②
「んじゃ、誰だか知らないけど、さようなら」
夏樹はベアトリスに向かい、容赦無く聖剣さんを振り下ろした。
顔を上げたベアトリスの頭部から腹部にかけて、まっすぐに斬り裂かれる。
赤黒い血が、切断面から噴水のように噴き出す。
返り血など浴びたくないので、一歩後ろに飛ぶ。
「……貴様……正気か?」
「あん?」
ベアトリスを殺した夏樹を、レオニーが信じられないものでも見るような目で見ていた。
「……婚約者を手にかけることができるとは、そこまで堕ちたか」
「……婚約者って誰?」
「え?」
「え?」
「…………」
「…………」
なぜか沈黙が生まれた。
「ま、待て、ベアトリス・ブレスコットは由良夏樹と相思相愛の婚約者のはずだ!」
「だから、誰だよその人!」
「貴様をこの世界に召喚した王女だ!」
「…………なんだとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
夏樹は絶叫した。
まさか自分をこの世界に召喚した張本人が来ているとは思ってもいなかった。
顔も名前も覚えていないので、気づかなかったのは仕方がないが、八つ裂きにするリストの上位を飾る異世界人を、さくっと殺してしまったことにショックを受ける。
「……なんてこったい。ちゃんと苦しめてから殺したかった」
「正気か……貴様、本当に」
レオニーが震えていた。
いい加減に鬱陶しくなる。
「貴様は、ベアトリス・ブレスコットに始終世話を焼かれ、愛を育んだのではないのか?」
「……いや、そんな事実はないから」
「この人、騎士団長と不倫していたじゃん」
「あ……知っているのか?」
「知っているとも!」
「くっ、婚約者ならば戦えないと思っていたのに、まさか過ちだったとは」
「あんたも大概下衆だな! なっちゃん、びっくりだよ!」
仮に婚約者であったとしても、あえて戦わせようとする発想が酷すぎる。
さすが異世界人だ、と感心させしてしまう。
「うわぁ」
「異世界人って」
「発想がエグすぎや」
「やれやれですね」
夏樹の背後で、向島愚連隊もレオニーの魂胆にドン引きだ。
「だが、終わりではない!」
「はいはい、まだあんたがいるでしょう。祐介くんが出るまでもない。俺がサクッと三枚におろしてやるから、かもーん」
「ふ、ふはははははは! ベアトリス・ブレスコットはまだ死んでいないぞ!」
「はぁ? そんな馬鹿、な?」
ありえないと思いながら、絶命しているはずのベアトリスに目を向け、夏樹は言葉を失った。
上半身を縦に斬られながら、彼女はまだ動いている。
夏樹に向かい手を伸ばし、壊れたように小さく呟き出す。
「勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様」
「こわっ!」
小刻みに震えながら、「勇者様」と繰り返すベアトリスは正気ではないようだ。
いや、そもそも縦に斬られた状態で正気もなにもない。
「絶望の神が少し手心を加えてくれた。貴様対策だそうだ」
「ぜっくんめ! 面倒なことをしやがって!」
そうしている内に、ベアトリスが立ち上がる。
「勇者様……わたくしの、腕も、なにもかも、奪った、勇者、さま、勇者様、勇者様……あれだけ、愛して、上げたのに、なぜ、なぜ、なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ!」
「だから怖いんだよ!」
夏樹は聖剣さんを薙いだ。
ベアトリスの上半身が断たれくるりと舞う。
「苦しめてやるつもりが勝手に苦しみやがって。もう、いいよ。消えろ」
夏樹は、もうベアトリスなど興味がないとばかりに、聖剣さんに魔力を込めて一振りした。
次の瞬間、ベアトリスの肉体が完全に消滅する。
「ま、これでも生き返るなら、四肢を切り離して海にでも沈めようぜ」
夏樹を異世界に召喚した元凶との決着は、想像していたよりもあっさり終わったのだった。
「さて、次はお前だ」