作品タイトル不明
83「一登の覚悟じゃね?」
三原一登は、火輪の剣を握りしめたまま、動けずにいた。
「――ご主人様?」
聖剣から、気遣うような声がかけられる。
「……大丈夫ですの?」
「……うん。大丈夫」
一登は、一歩を踏み出せない。
強い武器を得た。
戦いの覚悟も学んだ。
しかし、第一歩が踏み出せない。
一歩踏み出せば、自らの手で人を殺すのだ。
異世界だからと関係ない。
命は命だ。
素盞嗚尊によって何度も殺されたからこそ、命の大切さを理解した。
死ぬことの苦しみも十分すぎるほど理解した。
ゆえに、恐れている。
力を欲したはずなのに、力を恐れている。
力を振るうことが怖いのだ。
「――ご主人様。無理に戦わなくてもいいのですわ」
ふわり、と火輪の剣が人の姿を取り、優しく背後から抱きしめてくれる。
「戦いは戦える者に任せてしまえばいいのです。ご主人様が手を汚す必要はありませんわ」
「――だけど」
「力の差を見せつけられて、それでも向かってくる気概があるのならいざ知らず、背中を向けて逃げ出すような人間が死ぬことに心を痛める必要などありませんわ。どうせ、あのような輩は早かれ遅かれ死ぬのですわ」
一登に対して暖かい火輪の剣は、他者にはひどく冷たかった。
「耳を澄ませてくださいませ。奴らの醜い声が嫌というほど聞こえますわ」
言われて一登は耳を澄ました。
「いやだっ、死にたくない! 簡単な仕事だって言ったじゃないか! 魔族を殺して、金目のものを奪っていいって! 話がちげえよ!」
「もらった報酬で、俺に唾はいた女を奴隷にしてやるはずだったのに! くそっくそっ!」
「楽しい殺しができるからって、話に乗ったのに! くそったれ! 責任とって、話を持ってきたお前が死ねよ!」
「ふざけんな! 俺だって騙されたんだよ! お前が盾になって死ねよ!」
聞いたのを後悔するほど、醜い叫びだった。
「ご主人様のご友人は、こんな世界の腐った人間から、比較的まともな魔族のために戦うそうですけど、わたくしにはまったく関係がありませんわ。ご主人様にとってもそうでしょう?」
「でも、俺は」
一登は火輪の剣を握りしめる。
一登の瞳には、強い意志が宿っていた。
「俺は、夏樹くんたちの隣に立つんだ。共に戦い、一緒に日本に帰る! 守られてばかりは嫌だ! 俺も、守るんだ!」
「ならば、参りましょう。わたくしもお力を貸しましょう。さあ、わたくしの名を呼んでくださいませ」
一登は火輪の剣を正眼に構え、叫んだ。
「――火輪の剣!」
紅蓮の炎が剣から生まれ、一登を包んだ。
聖剣を大きく掲げ、思い切り振り下ろす。
「――紅蓮聖刃!」
炎の刃が、放たれ、騎士がひとり縦に両断され、灰となる。
――三原一登の戦いが、本当の意味で始まった。