作品タイトル不明
間話「ぜっくんが見ているんじゃね?」
――ブレイバーズ王国。
若くして宮廷魔法使い筆頭となったレオニー・トットは、棺の中に入った傷だらけの腕を前に、言葉を失っていた。
「……レオニー様、この度は……あまりにも残念です」
王宮の地下。
王族の亡骸を埋葬前に保管する冷暗室で、レオニーは一本の腕を見つめ続けていた。
「……アマリリス様は、ベアトリス様が召喚された勇者を追いかけたのですが……」
レオニーに声をかけ続けるのは、騎士団に属する若き騎士だった。
第一王女ベアトリス・ブレスコットが掌握していた騎士団の中でも、平民出身であることから立場が悪く、反発し、アマリリスの内通者となったひとりである。
「アマリリス様は、勇者を味方に引き入れようとしておりました。しかし、結果は……このように」
レオニーは、そっと棺の中の左腕を撫でた。
滑らかだった肌は、傷だらけだ。
折れた指には、レオニーが工房に頼んで作ってもらった特注品の指輪がはめられている。
アマリリス・ブレスコット第二王女は、ベアトリス第一王女ほどではないが、野心家だ。
王を目指し、姉や兄を追い落とそうとしていた。
レオニーとの結婚も、宮廷魔法使い筆頭という身であることが最大の理由だろう。
しかし、レオニーはそれでよかった。
貴族の側室の子として生まれ、貴族扱いされたことのないレオニーだったが、幼少期からアマリリスとは知己だった。
彼女は、レオニーをひとりの人間として扱ってくれた恩人であり、心から愛した人だ。
彼女のために宮廷魔法使いとなった。
アマリリスの野望を手助けしたい一心で、強くなったのだ。
アマリリスは喜んでくれた。
レオニーが宮廷魔法使い筆頭となったときには、お祝いとして彼を虐げた親族を一緒に殺してくれた。
もう縛るものはない、レオニー・トットとしてこれからを生きる決別だと、血まみれの笑顔で言ってくれた。
肉体も、魂も、すべて髪の一本までアマリリスに捧げるとレオニーは誓った。
『わたくしの益になる夫を迎えるつもりでしたが、まさかレオニーがわたくしにとって一番有益な人物になるとは思いませんでしたわ』
アマリリスは結婚が決まったときに、そう笑った。
少しだけ、恥ずかしそうにはにかんだ顔は生涯忘れることはないだろう。
『実を言うと、わたくし……レオニーのことが好きでしたの。だから、その、あなたと結婚できて嬉しいですわ』
彼女の言葉の真偽を確かめることはできないが、構わなかった。
利用でもなんでもしてくれて構わない。
幼い日、アマリリスと出会ったときから、レオニーはすべて彼女のものだから。
――ゆえに、自分の知らぬところで最愛の女性が亡くなった事実をレオニーは受け入れられない。
「――なぜだ」
「れ、レオニー様?」
レオニーは、騎士の首を掴む。
甲冑を身につけ重い騎士を、武器とは無縁の腕が易々と持ち上げた。
「なぜ、なぜ、なぜ! アマリリスが死んで、貴様たち騎士が生きている! なにをしていた!」
「わ、私はその場に、おりませんでした」
「本当にアマリリスは死んだのか! 身体はどこにある!」
「それは、モンスターに食われたようで、回収ができぬほど……」
「ふざけるなぁあああああああああああああああああああああ!」
騎士の身体を炎が包んだ。
絶叫さえあげることができず、消し炭となって、騎士が倒れる。
「……許さん、許さんぞ勇者! いや、そもそも元凶はベアトリス・ブレスコットだ! あの尻軽女が勇者など召喚しなければ、アマリリスは、アマリリスは!」
噛んでいた唇を噛み切ったレオニーは、血に濡れた口を大きく開け、絶叫した。
「――素晴らしい!」
魂の慟哭を放つ、レオニーの背後に燕尾服を身につけた男が拍手しながら現れた。
叫び続けるレオニーをよそに、彼は勝手に話し始めた。
「――素晴らしい絶望だ! この、絶望の神、ぜっくんに、ぜひともあなたの絶望のお手伝いをさせていただきたい!」