作品タイトル不明
56「酔拳じゃないと信じたいんじゃね?」
小梅は大きく嘆息した。
「そろそろ茶番は終わりじゃろうて。向こうも、苛立っているようじゃぞ? まあ、待て、もできんような奴は堪え性がないと自己紹介しているもんなんじゃがのう」
夏樹が顔を上げて、リングの上を見る。
魔剣士クラースは、額に血管を浮かべて夏樹たちを睨んでいる。
獣人ダナーは、クラースのように苛立ったような素振りは見せていないが、隙があればこちらに飛びかかってくるのではないかという雰囲気がある。
「しゃーない。真面目にやりますか」
夏樹が出て行こうとすると、銀子が止めた。
「いやいやいや、あちらさんは夏樹くんじゃなくて私たちをご指名っすからね!」
「あ、そうだった。……ちょっとダサいよね、俺と戦いたいって言えばいいのにさ」
「しー、っす。んじゃ、私におまかせくださいっす」
銀子が名乗りをあげると、みんながギョッとした。
異世界に来てからずっと飲んでいる彼女が、まさか戦うとは誰も予想していなかったのだ。
夏樹でさえ、びっくりしている。
「……正直、そこまで驚かれるとは思わなかったっす。ちょっとショックっすよ?」
「いやさ、でも、銀子さん……昨晩も小梅ちゃんとソーニャさんと一緒に浴びるほど飲んでたし、今も飲んでたじゃん!」
「ちっちっち、缶ビール一本なんて水みたいなもんっすよ」
「大きい缶だったじゃん!」
「誤差っす!」
「うそぉ!」
信じられない、と夏樹が視線を彷徨わせると、小梅と目が合った。
「缶ビール一本なんぞ飲んだうちに入らん」
「えー」
銀子に負けず酒が好きな小梅の言葉は信じられなかった。
夏樹は、千手と東雲を見る。
「まあ、なんだ。俺も二、三本は飲むが……戦いの前には飲まねえ!」
「せやねぇ。自分も好きなクチやけど、飲んで戦いはせんよねえ」
「だよね! あー、よかった! ちょっと、安心した! というわけで、銀子さん駄目です! って、いねーし!」
一応、まともな大人枠のふたりの答えにホッとし、腕でバツを作って銀子を戦わせないと決めた夏樹だが、当の彼女はいつの間にか観客席から消えていた。
「ちょっ、銀子さん!? どこぉ!?」
「あっちじゃ、ほれ」
小梅が指差すほうに視線を向けて夏樹は絶叫した。
「もうリングにあがっちゃってるしぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
いつの間に、と嘆く。
「一応、聞いておくが、由良」
「千手さん?」
「あのクラースとかいう剣士の師匠のことは?」
「覚えてるよ。魔剣もらったもん」
「……その魔剣はどうした? お前は魔王から拝借した常闇の剣か聖剣しか使っているところを見たことがないんだが」
千手に尋ねられ、夏樹は思い出したように、ぽん、と手を叩いた。
「魔剣はね、銀子さんに引き取られて魔剣太郎って可愛い名前をつけてもらって元気にやってるよ」
「里親じゃねえんだから! ……待て。師匠の剣をあげちゃったって、やばくねえか?」
「わかんない!」
「ちなみに、その剣士の強さって」
「雑魚だったよ!」
「……駄目だ、由良基準だとなにも判断できねえ」
「いやぁ、こやつがちゃんと覚えておるだけでも、大したもんじゃろう。学園ものなら皆勤賞レベルじゃぞ」
「姉さん!? 例えが意味わかんねえですから!」
夏樹はかつて倒した剣士の名こそ覚えていない。
頑張って思い出そうとするが、無理だった。
ただし、全員を一撃で屠っていた戦場で、三回聖剣さんを振るったことは覚えている。
「そういえば、魔剣太郎の前の名前ってなんだったんだろう?」