作品タイトル不明
54「杏に王子が接触したんじゃね?」
綾川杏は、自らの手で殺した名も知らぬエルフを埋葬していた。
当初、エルフを人間の国に埋葬するなど言語道断という意見があったが、第三王女のジョスリンが、処分した実験体を破棄する場所を提供するということで話は片付いた。
杏は、壊れたものでも捨てるような感覚のジョスリンたちに嫌悪を覚えるが、生きたまま解剖されたエルフをそのままにできず、せめて埋葬だけでも、と思い、反発しなかった。
「――こんなところで、ごめんね」
墓を暴かれてなにかされる可能性があったので、エルフの亡骸は念入りに焼いて灰にした。
偽善だと思うが、安らかに眠って欲しいと思う。
「……お優しいのですね、勇者様」
背後から男性の声がかけられ、ゆっくり振り返る。
そこには、少し癖のある金髪を持つ優男がいた。
甘い容姿を持ち、足も長い彼は、日本ならばアイドルとして有名になるだろう。
杏は、この男の名を知っていた。
「――ルーサー様」
第一席ルーサー・ブレスコット。
詳しくは知らないが、第一王子トレイシー・ブレスコットと王位をめぐり争っているらしい。
兄トレイシーが、騎士であり騎士団の支持を集めており、ルーサーは魔法使いであり、宮廷魔法使いをはじめ、魔法使いから支持を集めているようだ。
また、ルーサーが正室の子であるのに対し、トレイシーは側室の子である。
そんな環境もあり、幼い頃から睨み合っているらしい。
ちなみに、この情報を教えてくれたのは、王宮に勤めるメイドだ。
ルーサーは二十歳すぎのイケメンであるが、トレイシーは三十近い強面の顔らしい。
メイドたちに対しても、ルーサーは気さくに接してくれるが、トレイシーは邪険にすることはないが、使用人は使用人という扱いをするので、メイドたちからの人気はルーサーにあるようだ。
(……なんで王子様が杏に?)
杏は「悪い魔族を倒して、夏樹を助け出す」ことを目的にしているが、別にこの国の味方ではない。
立場上、味方になっているだけで、誰が王になろうとしてもあまり興味がなかった。
むしろ、王位争いに巻き込んでほしくない、と思う。
唯一、友人になれるかもと思っていた第三王女ジョスリン・ブレスコットも、エルフを生きたまま解剖する狂人だ。
杏は、夏樹のために魔族と戦う決意をしているし、結果として殺すことも覚悟している。
それでも、生きたまま解剖することはしない。否、できない。
「ははは、エルフを埋葬する心優しい勇者様の話を聞いてね。ぜひ、お話ししたいと思ったのです」
「……はぁ」
(……なんか、気持ち悪いな、この人)
ルーサーの笑顔に嫌悪感を覚える。
この手の人間は、自分の容姿が優れているので笑っていればいいと思っている。
「なぜか」好意を抱いてしまった、三原優斗がそんな人間だったので、よくわかる。
――こいつは、同類だ。
しかし、ルーサーになにかされたわけではないので、嫌悪を隠し、笑顔を作る。
なにもしていない人間に嫌な態度を取ることはできなかった。
「……杏になにか、御用ですか?」
「おや? 警戒させてしまったかな?」
「いえ」
「言葉通りですよ。僕は勇者様とお話がしたいんです」
にこやかな笑みを崩さないまま、ルーサーは距離を詰めてくる。
甘い香水の匂いが、不愉快だった。
「勇者様は、この国をどう思いますか?」
「……え?」
「僕は、魔族との戦いに反対なのです。魔族を滅ぼしてなにになる、魔族とは手を取り合うべきだ。あまり大きな声では言えませんが……僕はそう考えているのです。エルフを埋葬する心優しい勇者様なら、きっと僕のことを理解してくれると思いました」
にこり、と笑みを深くするルーサーを、杏はとても気持ち悪いと思った。