作品タイトル不明
38「違う意味で心配じゃね?」
夏樹は血走った目を見開き、激痛に悶え狂う。
そのまま魔王城の屋根から落ちてしまう。
「ちょ」
聖剣さんが慌てるが、夏樹の身体は地面ではなく、バルコニーに落ちた。
怪我などは負っていないようなので、安心する。
「クソジジイ! 夏樹になにしてくれてんのよ!」
「怒るでない、聖剣よ。いや、こう言うべきかな――」
「私の名を気安く呼んだらバラバラにするわよ!」
「ほっほっほっほ。お主も坊主と一緒に過ごしたおかげか、明るくなったのう」
「べ、別に夏樹との数年が私にとって宝物なんて言ってないんだからね!」
「……わしはなにも言っておらんのだが、もう少し素直になったほうがよいと思うのだが」
「夏樹は全部わかっているからいいのよ!」
聖剣さんはそう言って、屋根から飛び降りる。
音もなくバルコニーに着地すると、うめく夏樹を抱き抱えた。
「ちょっと、夏樹しっかりしなさいよ!」
「かっぱ、かっ、っぱ、河童大神様ぁあああああああああああああああああ!」
「……手遅れね」
苦しんでいるはずが、河童と叫ぶ夏樹を見て、聖剣さんは辛そうにそっと目を逸らした。
「くぉら、夏樹と聖剣の小娘! なにがあったんじゃ……って、なんで夏樹が苦しみながら河童河童言うとるんじゃ!?」
「知らないわよ!」
「ちょ、待ってほしいっす、痛みに苦しんでいる様子っすけど、そのときの叫びが河童ってどうなんっすか!?」
「だから知らないって言ってんでしょ!」
「なっちゃん! しっかり!」
バルコニーには、小梅と銀子、円、澪、都、千手、一登、祐介が集まってしまった。
「なにが起きていやがる」
夏樹の苦しむ姿など見たことがない一同は絶句する。
汗を流す千手が、気配を感じ夏樹から視線を動かすと、バルコニーの手すりに腰をかけ煙管を銜えて紫煙を揺らしている小柄な老人がいた。
「……あんたの仕業か?」
千手が尋ねると同時に、一登、祐介、都が身構える。
「ほほほ、落ち着きなさい。わしの仕業というのなら間違っておらんが、悪意があるわけではないのう」
「……説明してくれねえか。このままだと俺たちは納得できない」
千手の睨みを飄々と受け流した老人は、ゆっくり説明をはじめた。
「わしは、坊主の――由良夏樹に少々力の使い方を手解きしたことがあるだけのおいぼれよ」
「夏樹の師匠か?」
「師匠というほど面倒は見とらんよ。坊主はわしのことを師匠と呼んでくれたが、お節介なおいぼれくらいに思ってくれればよい」
「そのお節介なおいぼれさんと夏樹が再会して、どうしてこんなことに?」
「坊主に限界が訪れていたのだよ。それこそ、このまま戦えばそのうち死んでしまうほどにのう」
「――っ」
全員が息を呑んだ。
まさか、と思う反面、納得もできた。
夏樹は今まで多くの相手と戦ってきた。
その誰もが人間では逆立ちしても勝てない相手ばかりだ。
そんな神や魔族と戦い、勝利してきたのだ。
限界が訪れると言われ、むしろ納得した。
安心さえしてしまう。
――夏樹も人間だったのだな、と。
「それで、限界が来る夏樹になにをしやがった?」
「ほほほ、なんてことはない。不思議なことに坊主は全盛期の力を失っておる。いや、失ったのではなく、使えなくなってしまっておる。ならば、今の肉体でも使えるように、ちょいと器を広げてやったのよ」
「……マジかよ」
「少々苦しむだろうが、必要なことなのでのう。しばし見守ってやってほしい」
千手たちは老人の話を聞き、夏樹への心配は小さくなった。
いつだって乗り越えてきた夏樹だ。
今回も乗り越えるだろう。
それよりも、一同に動揺を与えたのことは、ただひとつ。
――まだ強くなるの? 嘘ぉ?
それだけだった。