作品タイトル不明
33「杏さんにも良心があるんじゃね?」
「――っ」
杏は息を呑んだ。
まさか剥製にされているエルフが生きているとは思わなかったのだ。
「あ、ごめんね、杏。このエルフは戦場で不死身と呼ばれるほど強いエルフなの。騎士が百人以上犠牲になってようやく捕まえることができたのよ」
殺してと懇願するエルフに対し、また、エルフを捕まえるために百を越える命が失われたことをあっけらかんと言うジョスリンを、杏は怖いと思った。
この世界は命が軽い。
いや、一部の命以外が軽すぎるのだ。
「捕まえてどうするの?」
「エルフの血から、不老の薬が作れるらしいの」
「……らしいって」
「うん。あくまでも、作れるらしい、でしかないんだよね。だから確かめてみようかなって。たくさんエルフを使い潰したけどぜーんぶ失敗。だから、不死身のふたつ名を持つエルフで実験を始めてみたんだけど、まだ血液を集めるところから始めているの! あ、よかったら、杏も手伝ってくれる?」
杏はジョスリンに返事をすることはせず、魔剣を虚空から引き抜くとエルフの心臓に突き立てた。
「――あり……とう」
心臓を一突きされたエルフは、杏に礼を言って静かに息を引き取る。
「ちょちょちょちょちょ、杏!?」
「ちょっと不愉快かも」
杏は自分を善人だとは思っていない。
兄を欲するために犠牲を強いることを厭わない性格だ。
――それでも、これは違うと思った。
いくら文化だろうが、エルフがモンスター扱いされていようが、死んだほうがマシのような状況で生かされている状況は看過できなかった。
ジョスリンはこの世界で杏にフレンドリーに接してくれる人間ではあったが、別にこの一件で関係が拗れても構わないと思った。
しかし、杏の予想とは違い、ジョスリンは涙を浮かべて謝罪してきた。
「ご、ごめんね、杏。こんな気持ちの悪いモンスターが生きて飾られているなんて不愉快だったよね?」
ジョスリンは、杏が不愉快に思った理由を勘違いしていた。
残念なことに、この世界においてエルフの扱いなどこの程度なのだろう、と悲しくなる。
幼い頃、まだ三原一登と出会う前に、夏樹と一緒に遊んだゲームではエルフが出てきていた。
そんなエルフの尊厳を踏み躙っていた行為を、杏は関係ないと思っていたのに、我慢できなかった。
内心、ジョスリンを蹴り飛ばしたい衝動に駆られたが、ここで揉めることは得策ではない。相手が勘違いしているのなら、それでいいと考えた。
「ううん。杏こそごめんね。できれば、この部屋にはいたくないかな」
「そうよね! じゃあ、私の部屋でお茶にしましょう」
「あ、このエルフって私がもらっていい?」
「……血はそれなりにとったから処分するだけだけど」
「魔法の的にしようかと思って」
「なるほど! 素材になるけど、杏が欲しいならあげるわ! さあ、お茶にしましょう!」
研究室から出ていくジョスリンを追いかけようとした杏は、エルフの亡骸がわずかに目を開いていることに気づき、そっと手を当てて閉じる。
「……あとでちゃんと埋葬してあげるからね」
そう言い残して、杏はジョスリンの後を追った。