作品タイトル不明
27「覚えられるほど余裕がなかったんじゃね?」①
「お口にチャック!」
「よーし、いい子だ。話し合いが終わるまで黙ってろ。いいな?」
口を押さえた夏樹が千手に親指を立てる。
千手は頭痛を覚えながら、魔王に話を進めてくれと促す。
「あー、その、なんだ。勇者は少々楽しい性格をしているが、気にしないように」
「……魔王様」
「なんだろうか?」
「……勇者由良夏樹……殿に質問をしたいのですが、構わないでしょうか?」
ちらり、と魔王が夏樹を見た。
「勇者よ、構わないか?」
夏樹は魔王に親指を立てた。
魔王はなんとも言えない顔をするが、ごほん、と咳払いし、フェイリスの視線を戻す。
「……良いそうだ」
「ありがとうございます。――では、勇者由良夏樹よ……戦場でお前が殺した我が父と兄のことを覚えているか?」
夏樹はしばらく動きを止めた後に、ジェスチャーで「さあ?」と返す。
「……お前は、戦った戦士のことを覚えていないというのか?」
震えるフェイリスに、夏樹は手を合わせて「ごめんね」とジェスチャーする。
「……由良、口を開いていいからちゃんと答えてやれ。ちゃんとだぞ、いいな!」
見かねた千手が、きちんと返事をしてやれと言うので夏樹は嘘偽りなくフェイリスに向かい、応じた。
「――まったく覚えていません!」
夏樹にとっては誠意ある回答だったのだが、フェイリスはそうは受け取らなかったようだ。
「――貴様っ!?」
「姫様!」
「姫様、お待ちを!」
「魔王様の前です!」
椅子を倒して掴みかかろうとしたフェイリスを側近たちが取り押さえた。
「貴様っ! 誇り高き父と兄を殺しておきながら、覚えていないとは何事だ!」
「いや、だって、名前も顔も知らないし。エルフさんいっぱいいたし。苦戦するような強い敵もいなかったから」
「……なん、だと……」
「いやー、怒っているエルフさんにこんなこと言うのもなんだけど……俺ひとりに対して数えきれない人数でかかってきた奴らをひとりひとり覚えているわけがないでしょうが」
夏樹の戦いは基本的にひとりだ。
聖剣さんという相棒もいたが、戦いの最中に会話をすることも背中を合わせて戦うこともない。
彼女はあくまでも夏樹に力を貸し続けていた存在であり、聖剣さんと夏樹でひとりだった。
人間たちは「勇者様に続け!」と兵はいたが、はるか後方で夏樹が撃ち漏らした敵や、負傷した魔族にとどめを刺すことしかしていない。
共に戦ったわけではない。
夏樹はいつだって、ひとりで戦ってきた。
そして、戦い抜いたのだ。
夏樹の強さに魔族が兵をかき集めてぶつけてきたことを卑怯とは言わない。
戦略としては正しい。
だが、夏樹はそれ以上に強かった。
ひとり殺せば次の魔族が襲いかかり、また殺せば、次の魔族が休みなく迫ってくる。
おそらく、夏樹の体力を奪おうとしたのだろう。
実際、夏樹は疲弊したが、だからと言って遅れをとることはなかった。
――なんてことはない。由良夏樹は、かき集めた魔族たちよりも単身で強かっただけの話だ。
有象無象とまで言うつもりはないが、数えきれない物量で襲ってきた敵の顔と名を覚えることをいちいちするはずがない。
夏樹は日本に帰ることしか考えていなかったのだ。
せめて会話なりしていれば記憶にうっすらとあったかもしれないが、道中で倒した魔族など知らぬ。
「なんかごめんねー。せめて、強いとか個性があればよかったのに」
「……貴様、まさか、父と兄を弱かったとでもいうのか?」
「エルフさんたちって、確か魔王城の前で全力投入してきた戦いにいたよね。うん。特別強いやつはいなかったかな!」
当時を振り返り、あっさり答えた夏樹に、フェイリスは怒りを忘れ、父と兄が戦った相手に微塵も覚えられていないことを悲しく思い涙を流した。