作品タイトル不明
エピローグ「勇者って何かの隠語じゃね?」
綾川杏は、視界いっぱいに広がる地球とは違う世界に、言葉が出てこなかった。
「……ここが、異世界なの?」
「そうだ」
確認することしかできない杏に、アテーナーが肯定する。
「……日本と全然違う」
杏が勇者として召喚されたブレイバーズ王国は、城こそ異世界ファンタジーにふさわしい外観をしていたが、城下町はゲームに登場するような街並みではなく、貧相なものだった。
王宮を中心に城壁で囲われているが、その先は森や草原が広がり、舗装されていない街道が東西南北に一本ずつ走っているだけ。
「この国が貧しいのは長い時間、魔族と争っているからだ。かつて、まだ争いがない時代は、お前が想像するような街並みだったようだ」
アテーナーの言葉に、杏は「つまり魔族が悪い」と結論づけた。
彼女の短慮な考えを諌める者はこの場にいなかった。
「由良夏樹が勇者としてこの国に召喚され、六年に渡る戦いの末に平和をもたらした……と、思われたのだが、由良夏樹は魔王を殺さなかった」
「なんで?」
「わからぬ。人の考えなど、我にはわからぬ」
「そっか。だから、お兄ちゃんの代わりに杏がこの世界を魔族から取り戻して平和にしてあげればいいんだね」
「その辺りは自由にしていい。ただ、人間は喜ぶだろうし、我々の計画も進めやすい。期待しているぞ」
アテーナーにそう言われ、杏は大きく頷いた。
「うん! お兄ちゃんの成し遂げられなかった想いを杏が受け継ぐね」
アテーナーは「おや?」と首を傾げる。
短い会話で、なぜ杏がそのような結論に至ったのかわからなかった。
由良夏樹の想いとはなんだろうか、と疑問に思ったが、考えても人間など理解できないのでやめた。
「あー! 杏じゃん!」
城の城壁から街並みを見下ろしていた杏たちに、驚きと、嬉しさが混ざった声がかけられた。
杏は名を呼ばれたので、声のする方に顔を向け、唖然とした。
「えー、なになに。杏も勇者としてこっちの世界に呼ばれたの!? うわー、すごい偶然だね!」
「な、なんで」
杏が驚くのは無理がない。
声の主の名は――松島明日香。
夏樹の幼馴染みを自称し、三原優斗と肉体関係を持った挙句、バスケ部の男子生徒の大半とも関係を持っていた少女だ。
杏の記憶では、不純異性交友をしていたところを教師に見つかり、転校したはずだ。
まさか異世界で再会を果たすとは思わなかったのだろう。
「いやー、私って勇者みたいでさー。絶望の神ぜっくんに選ばれて、こっちの世界に召喚されたんだよね。転校先って全寮制のめちゃくちゃ厳しい学校だったからどうしようかと思ったんだけど、こっちの世界に来ることができてよかったよねー! 親も、教師もいないから好き放題だよ!」
「……杏よ、あまりこの娘と関わるな。この娘は、生気を吸収する」
「そうそう、エナジードレイン的な?」
「それを理由に、この国の人間、名もない神や魔族にも手を出している。同類に見られたくなければ、相手にしないことだ」
「うわー、ひどいなぁ! 私は力を試しただけなのに! それよりもさ!」
明日香は杏に顔を近づけた。
「夏樹がこっちの世界にくるって本当!?」
「そんなことあんたに関係ないじゃない」
「――あるよ。私は夏樹が好きだったのに、あんなクズ男のせいで人生がぐちゃぐちゃだよ? 夏樹に慰めてもらわないとね!」
杏は、好き放題言う明日香に食ってかかろうとしたが、アテーナーに間に入られたのでやめた。
「娘よ。杏は我が選んだ勇者である。その汚い腕で精気を吸おうものなら、瞬く間に殺してやろう」
「……めんどくさっ。せっかく幼馴染みを見つけたから仲良くしようと思ったのに、ま、いいや。じゃーねー」
しらけた顔をした明日香が、杏に手を振り去っていく。
「再度言うが、奴には関わるな。こちらにいた時間が長いあの娘は、お前よりも力を溜め込んでいる。不用意に背中を見せると、襲われるぞ」
「……そんなこと」
しない、と言おうとしたが、ここは日本ではない異世界だ。
聞けば人殺しだって理由があれば大きな罪にならないと聞いている。
力を得た明日香が自分にどんなことを企んでいるのか、杏にはわからない。
「うん。わかった」
杏はアテーナーの忠告に従うことに決めた。
――杏以外にも、夏樹に縁のある人物がもうひとり異世界にいた。