作品タイトル不明
56「月読先生と学校の神じゃね?」②
学校の神は抵抗しようとは思わなかった。
長い時間、生徒と接することもできず、追われる日々に疲れていたのだ。
新たな神話を作る新たな神々も、月読命や由良夏樹という少年のような強者がいるのならば、一朝一夕に目的を叶えることはできないだろう。
神ゆえに長い時間をかけて目的を達することも考えているのかもしれないが、学校の神はもう飽きてしまった。
「――羨ましい神だ。同じ神だというのに、お前は教師だ。対し、私は……望まぬ戰いをするだけの神になってしまった」
「ほう。諦めるのですね」
「もう戦う気力がない。それに、神殺しの剣にやられた傷が完全に癒えない状況でお前と戦っても無駄な足掻きでしかないことは理解している」
「なるほど。では、言い残すことは?」
「――由良夏樹を学校に通わせたかった。彼は学校を楽しいと思っていない。理由は知っている。境遇を思えば、無理も無い。それでも、少しでも楽しいことがあるのだと、大人になったら振り返ることができるのだと知って欲しかった」
先ほどは戦ってでも由良夏樹を学校に引きずっていこうと考えていたが、それは久しぶりの生徒との触れ合いに気が昂っていただけだ。
彼女の本心は、今言ったことが全てだった。
「ほう。なかなか興味深い。ならば、こうしましょう」
「なにを?」
月読命は一枚の書類を懐から取り出した。
「なんだその紙は?」
「ふふっ、これはあなたの願いの叶う魔法の書類です。私は月読命。あなたを追う「院」に所属する霊能力者たちを束ねているのは、愚弟である素盞嗚尊です」
「……何が言いたい?」
「この魔法の書類にサインするだけであなたの望むものを用意できます」
「なんだと?」
人の良さそうな笑みを浮かべた月読命だが、学校の神には少し不気味に見えた。
「あなたの欲するものはすでに調べてあります。人としての戸籍、教師としての仕事。私なら簡単に用意できます」
「――っ」
相手は神だが、まさに悪魔の誘惑だった。
学校の神は平静を装いながら、月読に問う。
「そんなことをしてなにが目的だ?」
「新たな神々から戦力をひとつ削ることができます」
「……殺さなくて良いのか?」
「死にたいのであれば、殺しますが。私だって、あなたと戦って無傷ではすみませんからね。それに、あなたはどうせ私に勝てない。戦っても負けて死ぬことが決まっているにも関わらず、戦わずして欲していたものを手に入れることができるんですよ、どうします?」
月読命の誘惑に、学校の神は抗うことはできなかった。
生唾を飲み込むと、ゆっくり手を伸ばして書類を掴む。
「賢明な判断です。では、書類にサインをする前に制約をしていただきましょう。まず、あなたは敗北し、新たな神々には与しない。いいですね?」
「承知した。私は敗北者だ。勝者に従おう」
「いいでしょう。続いて、学校で働くにあたってあなたの力を極限まで封じます」
「無論だ。私はあくまでも神ではなく人として生徒に接したい。できることなら、神としての力など捨てたいくらいだ」
「では、サインを。言っておきますが、有事の際にはあなたは私の配下として戦うことになります。新たな神々や、学校を脅かす者を相手にするのですが、構いませんか?」
「構わない。付き合いのあった神や魔は不仲ではなかったが、親しいわけではない。それに……我々はそれぞれ望みが違う。望みが叶うのなら、新たな神々でも、異世界でも、月読命でも関係ない」
「良い判断です。では、どうぞ」
月読命はバインダーとボールペンを彼女に手渡す。
学校の神は書類に目を通し、躊躇いなくサインした。
「契約を結びました。これであなたの願いを叶えましょう」
「あ、あの」
「なにか?」
「私は人として生きるようだが、結婚などもできるのだろうか?」
「それはまあ、お相手がいればどうぞ。ただし、新たな神々ならば、同じような契約を」
「違う! そうではない!」
「えっと、では?」
「つまり! 私が寄り添った生徒が卒業式の日に運命の木の下で告白してきた場合、受け入れてしまっても構わないということか、と聞いているんだ!」
「…………あ、はい」
「嗚呼、何度挫けても生きてきた甲斐があった」
感涙する学校の神に月読は若干引いた。
というか、妄想が少し古い気がする。
あと、そんな生徒は月読が知る限り、数える程度しかいない。
さらに言うと、運命の木など向島市にはない。
「個人の考えに口出しはしませんが、赴任先は中学校ですから、仮に親しくなっても節度あるお付き合いをしてくださいね」
「あ」
自分の真の野望を口に出してしまった学校の神は、見る見る赤くなるとアスファルトの上に大の字になった。
「――くっ、殺せ!」
「いや、別にくっ殺されても困るんですが。なんだか予想と違う展開になりましたが……ま、いっか!」